Who is KAZU?
- KazuhiroKuramochi
- ボイススタイリスト 。通称・うごき先生&ムッシュ倉持。アレクサンダーテクニーク教師。俳優として美輪明宏演出舞台に18年レギュラー出演。日本アレクサンダーテクニーク協会会員。ボディシンキング&シンキングボディ認定講師。中高国語教師資格所持。早稲田大学文学部日本文学科卒業。妻、長男と埼玉県越谷市在住。身長180cm、体重83kg。趣味は日本舞踊、太極拳、ジャグリング
2013年1月15日火曜日
2012 九月のつぶやきから
9/2
今日は後半のってしまって、四時間休憩とらずに突っ走った。うーん、タイムマネージメントは下手じゃないと思うけど、もっと鮮やかに、自分で惚れ惚れするくらいに上手くなりたい…w
9/5
昨日の務めはメインがディレクター、加えてワンシーンのみアクター。昨日の調子でディレクターをするならば、両方やることも楽しい。その前にシンプルにディレクターという務めへの好奇心も増幅した。
自分はアクターでティーチャーだ。依頼があればディレクターもするがそれを名乗ってはいない。でも、興味が湧いたからこれらの共通点と相違点を考えてみよう。それからこれまで出会ったたくさんの素晴らしいお手本たちをあらためて振り返ってみよう。自分のなかのディレクターをゆっくり育てていこう。
9/6
人を考えることと大衆を考えることとは違うってあらためて感じた。かと言って人を考えることのほうがより具体的だとも言えないし、大衆を考えることにも意味はある。なんか規模の問題でなく、視点そのものが全然違うのだね…。
9/7
結局、数少ない平日のマチネに都合がつかなけりゃその公演は観られないってことだ。出来ないことを考えることはからだによくない。自分のためにクリアにしとこう。
9/10
うまく行きはじめて楽しくなってくるとそれに対する執着が生まれ、その未来への期待がふくらみはじめる。そうして、それがために僕は傷つく。反応したこと が問題か?受け取ってしまったことが問題か?期待を持ってしまったことが問題か?あー、せっかく手にした悦びだけど、これも手放すのか…無念だ。
「演技は自己表現だ」ってことを再確認したい。それ以外の何物でもないとわたしは思いたい。
こんなに当たり前のことが、実はまかり通らない。
9/11
新しい人、久しぶりの人と会って話を聞いたり、交流したりするってことは、その人の脳の回路ともキャッチボールをすることでもあって、人によっては僕が混乱したり疲れたりするのだけど、新鮮なことだから面白くもある。
9/12
そのことに関して疑問を持ったりせず、これまでとは違う視点があるなんて考えもしなかった人に、新しい考え方を提示した場合、それがどんなに素晴らしいものであっても、大抵の人は面食らってただほーとかへーとか云うだけだ。
疑問を抱えて、何とかよいものよい方法はないかと関心を持っていた人は熱心に喜んで受けとることが多い。
自分が素晴らしいと思っているものに相手が無反応に見えても、それはそれだけのこと…ってこと。
今朝のツイに関して、先程のプレゼンを経験して得た新しい気づき。新しい有益な情報を提供する場合、その仕方…手順やかける時間によっても、受けとってもらえる度合いが違ってくるということ。情報の良し悪しだけでなく、提供方法もちょー大切。
9/14
代講を務めてる俳優道場ではUP前にそこ独自のアファーメーションを毎回唱えてる。面白そうだから僕も自分のアファーメーションを創作する。「わたしのこだわりは日一日とひだまりに変わってゆく」…わかるかな〜w
生徒さん達は「演出の要求に応えられるようになりたい」と口を揃えて言う。気持ちはわかるが、それならば…だからこそ、その前にやっておく…いつもやっている必要なことがある。それは幸運なことに、自分で選べて、それが出来ているか自分で判断できることなんだ。
ゆかさんが言ってた「mustは何だ?」って言葉が頭から離れない。アーティストにとって他人の要求に応えることは、出来たらいいことであって、しなくちゃいけない出来なくちゃいけないことじゃあない。
百歩譲って、他人の要求に応えることがアーティストのmustだとしても、それ以前に圧倒的におわしますアーティスト必須のmustがあると思う。んー、もっとハッキリさせたいなあ。
9/16
ジョージ・クルーニー、中村吉右衛門、MJ、ザッケローニ、ガンジー…アクティビティや意図によって、または部分的にコピーしたいと思う人が僕にはいて実際遊びながらやってるけど、この人の「脳」をコピーしたいと思う人にはまだ出会わない。
あらためて考えたことがなかったんだなあ。フルトヴェングラーとかテニスのフェデラーとかの脳はちょっと気になるな〜。
9/17
レッスンしながら、新しいメソッドを発見することってある。…っつうか新しいメソッドや発見ってのは、大概がレッスンの中から見つかるものなんだろう。
9/19
「わたし基礎がないんです」と言う人多い。よく聞けばそう他人に言われたという人がこれまた多い。けど、そもそも基礎とは、あるないではなく、やるやらないだと思う。だから、その前にその基礎が何なのかしらなくちゃ。
これは基礎じゃなくて基本の話か…。だとしたら、演技の基礎は「表現したいと思う気持ち」だ。
私なりに演技の基本の定義を考える。 実行可能なこと…やれば誰でもできること。 達成してるか出来てるか本人が判ること…ただし、達成までにコーチが不要な訳ではないし、不要な場合もある。 それが出来たら、そのパフォーマンスの七割五分は達成してる。これも本人が判る。
9/22
なにかを教えるなら、生徒さんにそれを体験させてあげてはじめて教えるの域に入る。でないと、受け売りやひけらかしと変わりないことになる。
他人や世間一般と比較しながらする努力と、自分の興味や関心に向かってする努力とでは、後者の方が効率がいい。それはたぶん後者の方が圧倒的に視野が広いからだろう。
レッスンの振り返り…。しかし、俺はよく喋る。でも、生徒さん達のあの眼が俺を饒舌にさせるんだw。まあ判断はさておき、良くも悪くもこれが今の俺のベストパフォーマンスということだ。
9/23
雨のせいで外遊び出来ず、挙げ句昼寝をしてしまったらしく…倅が寝ない(^_^;)エネルギー有り余ってる(>_<)早く寝ろ、もう9時半だぞ!
9/27
それの先生になる場合、それのスペシャリストであること以上に「教え方」というものを学ぶ必要があるとつくづく思う。分野は問わない「教え方」がある。い や、「教え方」という分野が独立してあるんだ。だから「教え方」の先生ってのも存在しうるわけで、今後需要もふえるかもしれない。…と僕は思う。
9/28
演技教師の仕事のひとつの目安に役者を演出可能なところまで導くというのがある。何を持って演出可能と見るか。僕は役の状況が入っている、即ち役者が役として生きはじめているところだと思う。プロでもそこまで教師のサポートを得るのは悪いことじゃない。
アファーメーションを運動イメージに変換というアイデアは悪くないと思うけど、想定の限界を超える可能性はアファーメーションの方が高いのではないかという思いもなくはない。
まあでも、役者だったら言葉を発している時点で可能な限りの運動イメージは備わるはずだろう…てな希望。
9/30
じいじとかばあばっていう呼び方は一体いつ頃からこんなに広まったんだ?俺が子どもの頃はなかった気がする。なんか馴れ馴れしいだけで敬意も愛情も感じられなくて、僕は好きじゃない。
2012年11月6日火曜日
2012 八月のつぶやきから
8/1
「清濁併せ呑む」#パトカーに書いてあったら恐い言葉
8/4
我を忘れていた時間があまりにも長くて、思い出す時間がなかなかそれに追いつかない…
ぴーてーしぇー!と倅が何度も繰り返す。どんな意味か俺も妻も全然わからなかった。でもついに、さっきコンビニに一緒に入ってわかった。店員さん「いらっしゃいませ!」倅「ぴーてーしぇー!」…難問でした。
8/6
家族みんなで広島の式典をテレビで見る。珍しく倅は僕の膝の上で大人しい。黙祷もできて、市長の平和宣言、子ども代表といい子で聞いていた。…が、総理あ いさつになった途端「もういいよ」だってw、一応宥めながら最後まで聞いてみたけど、総理は何も言ってない。…うちの子は正しかった。
誰々みたいにって、モノマネがしたいの?自分を表現したいの?
まさかジャグリングがこんなに演技の役に立つなんて思わなかった。
地井さんへの弔辞を述べる田中邦衛さんがマジでアル・パチーノそっくりに見えて自分でも驚いた。
8/7
自分が自分に期待していること…(・_・)
8/10
ブログの自己紹介に書いてる「社会で機能する人になりたい」って、いつから、なんで、思ったんだろう?ここで言う「社会」って、俺は具体的に考えたのか?
「社会」は移ろいやすく当てにならないものだ。「感覚」や「感情」と同じいつもいつも変わり続けてる。だから、そんなところで「機能する」ことを目指したって仕方が無いだろう。
自分の欠点は時折自分自身を茶化すことだ。自分にとって大切なことをしてる自分にツッコミを入れて自分を当てにならない「社会」に留まらせようとする。自分にはちゃんと自分が見えているぞ!…が、実は自分を傷つけ引き裂いてきたんだ。こりゃあ〜いかん。
8/12
自分は男なんだから、わざわざ男になる必要もないし、男にならないようにする必要もない。特に男の習性への否定的な見解は深く自分に刻まれている。
共存や共生は、すでにあるものなら、わざわざする必要はない。しようとすれば逆にマイナス。
8/13
「情熱」と長いつきあいだとかっこ良く決めるイチロー選手。たぶん、ずっと同じつきあいかたをしてたら「情熱」とは長くつきあえないと思う。因みに、長いとは最低でも二十年以上の話し。
再確認…またはアップデートってやつが必要なんだろうな〜。過去のような…って考えてたら、とてもじゃないけど「情熱」とは長くつきあえないと思う。
8/14
あまりにバカバカしいことってなかなか忘れられない。
お稽古はうまくいったところで終わりにしたい。だから、時間で区切るのはあまりしたくない。もちろん長くやってもいいけど、とにかく稽古は質が大事なんだと思います。
今日やることを、気持ち少なめに、前持って決めて、本当にそれだけをやって、スパッと終わりにする。…これは難しいよーw
8/19
目標に向かって焦点を絞ってガンガン突き進むより、目標は思うだけにしてできるだけスペースを広く保ちながら後は自然の流れに任せるほうが…圧倒的に…いい。
つまり、目標に達するのに必要な要素は既に揃っているのだ。ではなぜ目標に近づかないか?…それは無駄なもの邪魔してるものがあるから。スペースを作ると自然の作用で無駄は排出され必要なものだけが残り、自動的に目標に近づく。
ただし、そのようにした場合に目標に近づく過程は、ほとんどが未経験かつ想定外でめくるめく経験ばかりw
ポイントはその想定外の経験にどんだけ耐えられるかだろな。これまでの人生がひっくりかえり、もともとの目標さえも疑われるくらいに、そりゃあもう、ホントに想定外なんだからw
8/20
学校に雇われる先生と生徒に雇われる先生…まあどっちもありだけど、やっぱり行われるのが授業…レッスンである以上、後者のほうがハッキリしてて好いよ な〜って僕は思う。ただ、学校なり仲介者がいることで、先生も生徒もそれに護られ安全で自由な教室になるって観点もある。両方経験してみて思う。
8/22
コメダで隣りのおばちゃん二人…。まあ、本当によくしゃべるしゃべるw ケラケラゲラゲラよく笑うw ヘッドホン着けてもなんのそのw こっちは勉強したいのに…でも腹立つ気にならない。いろんな話してるけど、悪口や愚痴は吐いてないからかね。もう降参して役者モードに切り替えて聞き耳立 てたろw
8/24
つまんないことでつまんない思いするのはつまんないからつまんないことこそちゃんとしておきたい。
8/25
昨夜はせがれの幼稚園で夕涼み会。うちのせがれは、廊下を駆けっこするお友達と一緒には走らず、なにやら一人でやりながら、時折り「どうぞー、どうぞー」 と手を使って皆の走行を促す。お前は皆と走らないのか と突っ込みたくなるが、ふと…これは俺と同じだ!と気づいて思わず苦笑い。
8/26
一日ひとクラスで終わってしまうことと、違うメンバーでもうひとクラスあることでは教師として倍々の学びがある。
8/30
母の運転手として避暑地に行ってきた。下界はまだまだ暑い…ますます暑い(^_^;)
ジャムをたくさん買い込んできた。ジャムがたくさんあると、朝食が嬉しい楽しい(^^)
レッスンで、話のたとえに桑田…元投手の話をしようとしたら、桑田を知らない生徒がいた。少し驚いたが、それよりも、桑田氏のことをあらためて説明する自分が面白かった。
「清濁併せ呑む」#パトカーに書いてあったら恐い言葉
8/4
我を忘れていた時間があまりにも長くて、思い出す時間がなかなかそれに追いつかない…
ぴーてーしぇー!と倅が何度も繰り返す。どんな意味か俺も妻も全然わからなかった。でもついに、さっきコンビニに一緒に入ってわかった。店員さん「いらっしゃいませ!」倅「ぴーてーしぇー!」…難問でした。
8/6
家族みんなで広島の式典をテレビで見る。珍しく倅は僕の膝の上で大人しい。黙祷もできて、市長の平和宣言、子ども代表といい子で聞いていた。…が、総理あ いさつになった途端「もういいよ」だってw、一応宥めながら最後まで聞いてみたけど、総理は何も言ってない。…うちの子は正しかった。
誰々みたいにって、モノマネがしたいの?自分を表現したいの?
まさかジャグリングがこんなに演技の役に立つなんて思わなかった。
地井さんへの弔辞を述べる田中邦衛さんがマジでアル・パチーノそっくりに見えて自分でも驚いた。
8/7
自分が自分に期待していること…(・_・)
8/10
ブログの自己紹介に書いてる「社会で機能する人になりたい」って、いつから、なんで、思ったんだろう?ここで言う「社会」って、俺は具体的に考えたのか?
「社会」は移ろいやすく当てにならないものだ。「感覚」や「感情」と同じいつもいつも変わり続けてる。だから、そんなところで「機能する」ことを目指したって仕方が無いだろう。
自分の欠点は時折自分自身を茶化すことだ。自分にとって大切なことをしてる自分にツッコミを入れて自分を当てにならない「社会」に留まらせようとする。自分にはちゃんと自分が見えているぞ!…が、実は自分を傷つけ引き裂いてきたんだ。こりゃあ〜いかん。
8/12
自分は男なんだから、わざわざ男になる必要もないし、男にならないようにする必要もない。特に男の習性への否定的な見解は深く自分に刻まれている。
共存や共生は、すでにあるものなら、わざわざする必要はない。しようとすれば逆にマイナス。
8/13
「情熱」と長いつきあいだとかっこ良く決めるイチロー選手。たぶん、ずっと同じつきあいかたをしてたら「情熱」とは長くつきあえないと思う。因みに、長いとは最低でも二十年以上の話し。
再確認…またはアップデートってやつが必要なんだろうな〜。過去のような…って考えてたら、とてもじゃないけど「情熱」とは長くつきあえないと思う。
8/14
あまりにバカバカしいことってなかなか忘れられない。
お稽古はうまくいったところで終わりにしたい。だから、時間で区切るのはあまりしたくない。もちろん長くやってもいいけど、とにかく稽古は質が大事なんだと思います。
今日やることを、気持ち少なめに、前持って決めて、本当にそれだけをやって、スパッと終わりにする。…これは難しいよーw
8/19
目標に向かって焦点を絞ってガンガン突き進むより、目標は思うだけにしてできるだけスペースを広く保ちながら後は自然の流れに任せるほうが…圧倒的に…いい。
つまり、目標に達するのに必要な要素は既に揃っているのだ。ではなぜ目標に近づかないか?…それは無駄なもの邪魔してるものがあるから。スペースを作ると自然の作用で無駄は排出され必要なものだけが残り、自動的に目標に近づく。
ただし、そのようにした場合に目標に近づく過程は、ほとんどが未経験かつ想定外でめくるめく経験ばかりw
ポイントはその想定外の経験にどんだけ耐えられるかだろな。これまでの人生がひっくりかえり、もともとの目標さえも疑われるくらいに、そりゃあもう、ホントに想定外なんだからw
8/20
学校に雇われる先生と生徒に雇われる先生…まあどっちもありだけど、やっぱり行われるのが授業…レッスンである以上、後者のほうがハッキリしてて好いよ な〜って僕は思う。ただ、学校なり仲介者がいることで、先生も生徒もそれに護られ安全で自由な教室になるって観点もある。両方経験してみて思う。
8/22
コメダで隣りのおばちゃん二人…。まあ、本当によくしゃべるしゃべるw ケラケラゲラゲラよく笑うw ヘッドホン着けてもなんのそのw こっちは勉強したいのに…でも腹立つ気にならない。いろんな話してるけど、悪口や愚痴は吐いてないからかね。もう降参して役者モードに切り替えて聞き耳立 てたろw
8/24
つまんないことでつまんない思いするのはつまんないからつまんないことこそちゃんとしておきたい。
8/25
昨夜はせがれの幼稚園で夕涼み会。うちのせがれは、廊下を駆けっこするお友達と一緒には走らず、なにやら一人でやりながら、時折り「どうぞー、どうぞー」 と手を使って皆の走行を促す。お前は皆と走らないのか と突っ込みたくなるが、ふと…これは俺と同じだ!と気づいて思わず苦笑い。
8/26
一日ひとクラスで終わってしまうことと、違うメンバーでもうひとクラスあることでは教師として倍々の学びがある。
8/30
母の運転手として避暑地に行ってきた。下界はまだまだ暑い…ますます暑い(^_^;)
ジャムをたくさん買い込んできた。ジャムがたくさんあると、朝食が嬉しい楽しい(^^)
レッスンで、話のたとえに桑田…元投手の話をしようとしたら、桑田を知らない生徒がいた。少し驚いたが、それよりも、桑田氏のことをあらためて説明する自分が面白かった。
2012年10月26日金曜日
2012 七月のつぶやきから
7/1
こうやって手を替え品を替え俺の人生いろんなかたちで試されるわけだ。以前は突然試されたが、今は分りやすく徐々に難易度が上がっていく。
今日は隣町で開かれたママさんブラスコンサートに行った。倅は前半最終曲ホルストの「木星」から後半アンコール明けまで爆睡し、目覚めると普通に拍手して た。まあ、寝てても聞いてたんでしょう。舞台で赤ちゃん背負いながらフルートやサックスを吹くお母さん達がとっても格好よかった。
7/7
「君はこれからもどんどん良くなるよ」ってことばと「君はすでに完璧なんだよ」ってことばにみんなきっと矛盾があるように感じるんだろうな。どっちも嘘じゃない…。ここに矛盾がないことがわかると演じることが断然楽しくなると思う。
7/8
AKB48をほとんど初めてに近くテレビでちゃんと観た…。こうやってちゃんとパフォーマンスしてくれると、この子達がとても良くわかる。好みとかそういうんじゃなくて、前田敦子に観客の気が集まるのは分かるような気がする。うん、ちゃんと道理があるよなあ。
Scandalのドラムの子は前に初めて見た時から好いなあと思ってたけどやっぱイイね。…もちろん、パフォーマンスですw
7/9
決意…意を決するってアクションは僕は好きだなあ。思考がクリアーになり且つからだが固まらないで動きだす。
アトリエ帰りは遅いから酔っ払い多し。ん…なんつうか、彼らは周辺視野も空間認知もなく、なにより思いやりがないから…キライだ。 ん…、酔っ払いがキライだと感じ、こうやってつぶやいてる自分がとても新しくて楽しいなあ。 てことは、楽しい思いをさせてくれた酔っ払いたちに感謝だな…w
7/10
マウリッツハイス帰りの上野公園スタバ(ここは外も禁煙)なう。やっぱオランダ絵画は好みだなあ。四時過ぎに入ったら空いてたが夏休み入ったら無理かな。
7/14
ちがうの、だめ、おわり、やらない、ばいばい…近ごろせがれから頻出することば。こっちが急ぐときはマジカチンとくる…けどそこで怒ったら「だめ」なのだ(>_<)
7/15
大人の本気の神輿をせがれはいつになく集中してじーっと観察してる。そして、間もなく自ら手拍子をし始める。それを見ててなんだか嬉しくなった。夫婦で浴衣でくりだした甲斐があった。
7/16
お父さんが娘さんや息子さんとお出かけらしい親子ツーショットを今日はよく見かける。みごとにどのペアも座席に並んで各々iPhoneに向かってる。まあでも、こんだけ暑いのに肩と膝が遠慮なく触れ合ってるってだけでいい感じなのかもね。ハバナイスホリデー!
7/17
役者のBeingテクニックとして「すること」を教えてきたけど、「すること」である以上それはDoingテクニックなんだよな。役者がBeingとDoingを分けて使うのを聞いて、しまった…と思った。そう、全部繋がりだし全部が全体なんだ。
7/18
「成長したい」ということばは若い役者がしばしば口にするけど、突っ込みどころ満載だ。そもそも望まなくても年はとるし…w。でもそんな意地悪なことは言わないで、未知なる成長した自分を具現化し望みを可能性のあるものに変容させるわざも無くはないだろう。
7/19
演技の業界で言われるactionということばは訳しにくい。からだの動作だけでなく、感情や声や表情や意図までもその中に含まれている。その殆どが他動詞だ。僕はこれまで行動とか行為って訳してたけど改めて考えてみる。うーん、やっぱりactionはアクションなんだなあ。
7/22
能書きは出尽くしてるし垂れる人も跡を絶たない。でも実践している人は、本当に日夜実践している人は希少だろう。実践している人の姿にいつもふれていたいと思う。
こんな日々はいつまでも続かないんだから今日は今日で楽しんだらいい。もし続いたら、それはそれで…それだけで幸せなことだとも思う。
7/25
東武鉄道お客様センターのキャラクターガールが「姫宮なな」と言うらしい。姫宮駅を知ってる方はRTかいいね!をw。乗車下車したことある人は…僕のフォロワー&お友達にはいないでしょ…いたらアイスおごる。
鷲宮えりか、大袋キンタ、館林とめ…こりゃあ何でも作れるなあw
杉戸タロー、玉ノ井ゆーこ、業平橋ゴンゾー…分かる人にはわかるw
7/26
木綿のハンカチーフは涙を拭くために欲しかったんだね。
7/27
プラスチックで密閉された氷アイスを正式には何と呼ぶか?妻はチュッチュとかチューチューっていうんだと言うが、それはないだろ!と思ったら「チューチューアイス」で検索はできた。
そういや「ポッキンアイス」ってのもあった…。
7/30
日本の柔道の選手は何であんなにのびのびしてないんだろう。そもそも柔道ってのはのびのびやるものじゃないのか。でも他国にはない外的コントロールがあるように感じられてならない。選手第一じゃないのかもなと勘ぐってしまう自分がいる。
闘いたくなかったら闘わなくてもいい。勝ちたくなかったら勝たなくてもいい。なにひとつ背負うことない。全部ひとりで決めていいんだ。
日舞の先生のお母様がわたしの倅を気遣ってしばしば「どう?皇太子はお元気?」と言ってくれる。それがとても粋な感じで有難いんだけど、今日も言われて改 めてふと「ならば…俺は皇帝か?!…」と思いはじめたら、なんだかからだの動きが急に変わり今日着てるかりゆしと半ズボンに違和感を感じてきた。
ママ友のところに行った話。妻曰く、わが倅は食い意地が張っていて、人のおもちゃも我がものにしてシェアせず、自分より少しでも小さいと直ぐアニキ面、しかし動物はアリさえも怖がる…とのこと。むー、わが帝国の未来あやうしか(^_^;)
7/31
女子サッカーは審判がセクシー。
こうやって手を替え品を替え俺の人生いろんなかたちで試されるわけだ。以前は突然試されたが、今は分りやすく徐々に難易度が上がっていく。
今日は隣町で開かれたママさんブラスコンサートに行った。倅は前半最終曲ホルストの「木星」から後半アンコール明けまで爆睡し、目覚めると普通に拍手して た。まあ、寝てても聞いてたんでしょう。舞台で赤ちゃん背負いながらフルートやサックスを吹くお母さん達がとっても格好よかった。
7/7
「君はこれからもどんどん良くなるよ」ってことばと「君はすでに完璧なんだよ」ってことばにみんなきっと矛盾があるように感じるんだろうな。どっちも嘘じゃない…。ここに矛盾がないことがわかると演じることが断然楽しくなると思う。
7/8
AKB48をほとんど初めてに近くテレビでちゃんと観た…。こうやってちゃんとパフォーマンスしてくれると、この子達がとても良くわかる。好みとかそういうんじゃなくて、前田敦子に観客の気が集まるのは分かるような気がする。うん、ちゃんと道理があるよなあ。
Scandalのドラムの子は前に初めて見た時から好いなあと思ってたけどやっぱイイね。…もちろん、パフォーマンスですw
7/9
決意…意を決するってアクションは僕は好きだなあ。思考がクリアーになり且つからだが固まらないで動きだす。
アトリエ帰りは遅いから酔っ払い多し。ん…なんつうか、彼らは周辺視野も空間認知もなく、なにより思いやりがないから…キライだ。 ん…、酔っ払いがキライだと感じ、こうやってつぶやいてる自分がとても新しくて楽しいなあ。 てことは、楽しい思いをさせてくれた酔っ払いたちに感謝だな…w
7/10
マウリッツハイス帰りの上野公園スタバ(ここは外も禁煙)なう。やっぱオランダ絵画は好みだなあ。四時過ぎに入ったら空いてたが夏休み入ったら無理かな。
7/14
ちがうの、だめ、おわり、やらない、ばいばい…近ごろせがれから頻出することば。こっちが急ぐときはマジカチンとくる…けどそこで怒ったら「だめ」なのだ(>_<)
7/15
大人の本気の神輿をせがれはいつになく集中してじーっと観察してる。そして、間もなく自ら手拍子をし始める。それを見ててなんだか嬉しくなった。夫婦で浴衣でくりだした甲斐があった。
7/16
お父さんが娘さんや息子さんとお出かけらしい親子ツーショットを今日はよく見かける。みごとにどのペアも座席に並んで各々iPhoneに向かってる。まあでも、こんだけ暑いのに肩と膝が遠慮なく触れ合ってるってだけでいい感じなのかもね。ハバナイスホリデー!
7/17
役者のBeingテクニックとして「すること」を教えてきたけど、「すること」である以上それはDoingテクニックなんだよな。役者がBeingとDoingを分けて使うのを聞いて、しまった…と思った。そう、全部繋がりだし全部が全体なんだ。
7/18
「成長したい」ということばは若い役者がしばしば口にするけど、突っ込みどころ満載だ。そもそも望まなくても年はとるし…w。でもそんな意地悪なことは言わないで、未知なる成長した自分を具現化し望みを可能性のあるものに変容させるわざも無くはないだろう。
7/19
演技の業界で言われるactionということばは訳しにくい。からだの動作だけでなく、感情や声や表情や意図までもその中に含まれている。その殆どが他動詞だ。僕はこれまで行動とか行為って訳してたけど改めて考えてみる。うーん、やっぱりactionはアクションなんだなあ。
7/22
能書きは出尽くしてるし垂れる人も跡を絶たない。でも実践している人は、本当に日夜実践している人は希少だろう。実践している人の姿にいつもふれていたいと思う。
こんな日々はいつまでも続かないんだから今日は今日で楽しんだらいい。もし続いたら、それはそれで…それだけで幸せなことだとも思う。
7/25
東武鉄道お客様センターのキャラクターガールが「姫宮なな」と言うらしい。姫宮駅を知ってる方はRTかいいね!をw。乗車下車したことある人は…僕のフォロワー&お友達にはいないでしょ…いたらアイスおごる。
鷲宮えりか、大袋キンタ、館林とめ…こりゃあ何でも作れるなあw
杉戸タロー、玉ノ井ゆーこ、業平橋ゴンゾー…分かる人にはわかるw
7/26
木綿のハンカチーフは涙を拭くために欲しかったんだね。
7/27
プラスチックで密閉された氷アイスを正式には何と呼ぶか?妻はチュッチュとかチューチューっていうんだと言うが、それはないだろ!と思ったら「チューチューアイス」で検索はできた。
そういや「ポッキンアイス」ってのもあった…。
7/30
日本の柔道の選手は何であんなにのびのびしてないんだろう。そもそも柔道ってのはのびのびやるものじゃないのか。でも他国にはない外的コントロールがあるように感じられてならない。選手第一じゃないのかもなと勘ぐってしまう自分がいる。
闘いたくなかったら闘わなくてもいい。勝ちたくなかったら勝たなくてもいい。なにひとつ背負うことない。全部ひとりで決めていいんだ。
日舞の先生のお母様がわたしの倅を気遣ってしばしば「どう?皇太子はお元気?」と言ってくれる。それがとても粋な感じで有難いんだけど、今日も言われて改 めてふと「ならば…俺は皇帝か?!…」と思いはじめたら、なんだかからだの動きが急に変わり今日着てるかりゆしと半ズボンに違和感を感じてきた。
ママ友のところに行った話。妻曰く、わが倅は食い意地が張っていて、人のおもちゃも我がものにしてシェアせず、自分より少しでも小さいと直ぐアニキ面、しかし動物はアリさえも怖がる…とのこと。むー、わが帝国の未来あやうしか(^_^;)
7/31
女子サッカーは審判がセクシー。
2012年10月13日土曜日
2012 六月のつぶやきから
6/3
音楽脳を育てよう。…せがれのじゃないよ、オレの音楽の司令塔。埃かぶって錆びついてたよ。他の脳への気休めにしか流してあげてなかったけど、音楽脳にちゃんと栄養をあげよう。
細貝ドイツで揉まれてカッコよくなったとか、前田歯が綺麗とか、酒井イイねウッチーうかうかしてらんねえなとか、本田この人は努力してんのよとか、ずうっ と試合見ながら喋ってる妻。なんつうか久々にテレビでサッカー見て気づいたことはいつのまにかカミさんがすっかりおばちゃんになってるってことw
誰が結婚してて子供がいるとかいないとか、奥さんがどういう人とか、そう言うのってサッカーに関係ないよな〜。
6/4
子どもの話す声は「舌っ足らず」とよく云われるが、僕には「とんでもない種類の母音と子音の発音能力を持つ」んだなあって感じられる。いや、「発音能力」と云うよりは純粋に「表現力」と云ったほうがイイかな。
僕が過去に聞いたことのある世界各国の言語のとてもマネできない「音」をしばしば倅から耳にする。たとえ日本語としてはおかしくても、修正してしまってはいけないんじゃないかっていうくらいその表現は美しい。
魚は「めんめ」。滑り台は「んどべぃ」。16は「ちゅーどく」。いや、違うんだ!あの音は平仮名では表現できないんだ。パパだって「ぱぱ」じゃない。んー ん。ことば、文字、声、ニュアンス、発音、イメージ、意図、アクション・・・。まずは、自分の声の響きと云う奴を今一度洗い直したい。
6/6
2歳0カ月のせがれ初のピアノ叩きながらのオリジナル即興曲。「ゴミ♪ ゴミ♪ ゴミ♪ ゴミ♪ ごみしゅうしゅうしゃ~」自分の目と耳を一瞬疑ったが、たしかにその瞬間に立ちあった。せがれはゴミ収集車が大好き。月曜日の朝は窓から顔を出して収集車 が来るのを待っている。(*^^*)
うちの子はスティービー・ワンダーと同じ誕生日なんだよな〜。#親バカ
6/13
調子良さそうな人を見て、あいつは波に乗ってるとか、流れが来てるとか言うことで自分は変わらないままで現状を認識することができる。そして変わらないままだから自分の波も流れも見逃す。
そのことが起こるには必ず原因がある。もちろんすべての原因を人間はつくり出すことはもちろんできない。けれども、人間がせめて自分自身をしあわせにするくらいの原因はつくり出せるんじゃないかって思う。
だから、自分が本当にしあわせだって思うことを本当に望むか、そしてそっちへ向かって本当に歩きだすか。それともそれらをしないか。僕は昨今、ほぼ毎日、その時々、折に触れて、パフォーマンス中はできるだけ毎瞬間、そのことだけを考えてる。
6/14
YOGAって統合って意味だったんだ…知らなかった。
6/15
Choose fresh in each moment. …そうこれぞまさに「初心忘るるべからず」…Remember first time mindは誤訳だと思います。
breakthroughの意味がやっと自分の実感でわかりました。いつも僕をワクワクさせてくれるものでした。これからこのことばをたまに使うかもしれません。
6/16
する技を磨くより、いる技を磨いたほうがいいよ。
6/17
わたしはこれまで何も発見していないし何も創りだしていない。これからも何も新しいものは発見することはないだろうし何も創りだすことはないだろう。なぜ なら、そういうことには全く関心がないからだ。ただ…わたしの好きな既にあるものを、望む人に伝えることには少しだけ夢中になってしまう。w
6/18
膝を折りともに数えるあじさいの花
なに残す?聞いてごらんかたつむりに
6/19
レッスンで僕が役者は…演技は…と話すことは自らNGにしてる。代替案は僕は…君は…あの人は…とか。講師である僕のことばは教室に受容され易い。まして ラポールのある今のクラスなら尚更。敬い合う関係、実践的実用的なレッスンであるために「誰」の話をしているのかはいつもクリアにしておきたい。
「創作過程で批評は禁物」…なんでこんなに大切なことを僕はきちんとことばにしてこなかったんだろう。当たり前だから?いや違う!このことばが意味する内容の重要性を本当にはわかってなかったからだ。…いい悪いじゃない、ただ演じるんだ。
6/20
チラ見、思わせぶり、先っちょだけ、寸止め…。客の欲望を駆り立てるにはそいのがいいんだろうなあ。でも、俺は最初からまるごとでいたいなあ。もちろん、 押しつけたりはしないよ。だからまるごとで。たたかいでもあきないでもなく、そう!そもそも相互作用…交流じゃあないんだな、俺が望んでるのは。
交流ってのは、もとは異なるっていう前提から生まれた発想じゃないか。もとはひとつなんでしょ…。ひとつになることも、すでにそっちへ向かっているんだから、ひとつになろうとするとおかしなことになっていくんだと思う。
6/25
消防隊の演奏会でパイレーツオブカリビアンの曲を初めて聞きました。あれだけの時間内にあれだけの要素を盛り込んで聞く人の感情をバランス良く刺激する。さすがディズニーは音楽一つとっても本当に計算されつくしてるなあと改めて感心いたしました。
6/25
緊張するのは「◯◯◯◯」がないから。ちなみに「自信」じゃあありません。これがあれば緊張がなくなるだけじゃなく、存在感を増すことも可能です。今夜はそんなレッスンをしました。セカンドシーズン三週目終了。
人が本当に変わる(進化する)のは、自らの存在の危機に直面したとき。大抵はこれまでのやりかたで何とか無理しながら対処しようとし、命までは取られないから故障しながら何とかごまかす。どうにもこうにも立ち行かなくなりプラス生き残りたいとき、人の進化が始まる。
6/26
そのことばの意味するところのことを考えて自分なりの意見を持ってなければ、そのことばを創造作業に使うことはできない。でも、解ってないことばで演技をつくろうとしてハマっていく役者は結構多い。
日曜日の演奏会後本物の楽器を倅に見せてあげようということになり、ついに箪笥の肥やしとなりつつあった妻のフルートと僕のクラリネットを出して久しぶり に鳴らしました。倅が生まれる前からだから二年以上はブランクが。でも、なんだか新鮮でワクワクして、ロングトーンだけで吹くのが楽しく感じた。
楽器の名前を教えようと「これはフルート」と教えたら「ふるーと」と繰り返した。「パパのはクラリネットっていうんだよ」と教えたら「くりなっとう」と・・・。確かに難しいよなw
6/27
「自然は、経験によって示されたことのない、無限の原因に満ちている」ダ・ヴィンチ
6/29
教えるのが好きな人が、教わるのが不得手なことってしばしば見られます。「教わる」とか「自分は生徒」とかいう、自分に当てはめてる消極的なことばをもっと自分に響く、自分を上げる自己チューなことばに変換すると改善されると思います。
音楽脳を育てよう。…せがれのじゃないよ、オレの音楽の司令塔。埃かぶって錆びついてたよ。他の脳への気休めにしか流してあげてなかったけど、音楽脳にちゃんと栄養をあげよう。
細貝ドイツで揉まれてカッコよくなったとか、前田歯が綺麗とか、酒井イイねウッチーうかうかしてらんねえなとか、本田この人は努力してんのよとか、ずうっ と試合見ながら喋ってる妻。なんつうか久々にテレビでサッカー見て気づいたことはいつのまにかカミさんがすっかりおばちゃんになってるってことw
誰が結婚してて子供がいるとかいないとか、奥さんがどういう人とか、そう言うのってサッカーに関係ないよな〜。
6/4
子どもの話す声は「舌っ足らず」とよく云われるが、僕には「とんでもない種類の母音と子音の発音能力を持つ」んだなあって感じられる。いや、「発音能力」と云うよりは純粋に「表現力」と云ったほうがイイかな。
僕が過去に聞いたことのある世界各国の言語のとてもマネできない「音」をしばしば倅から耳にする。たとえ日本語としてはおかしくても、修正してしまってはいけないんじゃないかっていうくらいその表現は美しい。
魚は「めんめ」。滑り台は「んどべぃ」。16は「ちゅーどく」。いや、違うんだ!あの音は平仮名では表現できないんだ。パパだって「ぱぱ」じゃない。んー ん。ことば、文字、声、ニュアンス、発音、イメージ、意図、アクション・・・。まずは、自分の声の響きと云う奴を今一度洗い直したい。
6/6
2歳0カ月のせがれ初のピアノ叩きながらのオリジナル即興曲。「ゴミ♪ ゴミ♪ ゴミ♪ ゴミ♪ ごみしゅうしゅうしゃ~」自分の目と耳を一瞬疑ったが、たしかにその瞬間に立ちあった。せがれはゴミ収集車が大好き。月曜日の朝は窓から顔を出して収集車 が来るのを待っている。(*^^*)
うちの子はスティービー・ワンダーと同じ誕生日なんだよな〜。#親バカ
6/13
調子良さそうな人を見て、あいつは波に乗ってるとか、流れが来てるとか言うことで自分は変わらないままで現状を認識することができる。そして変わらないままだから自分の波も流れも見逃す。
そのことが起こるには必ず原因がある。もちろんすべての原因を人間はつくり出すことはもちろんできない。けれども、人間がせめて自分自身をしあわせにするくらいの原因はつくり出せるんじゃないかって思う。
だから、自分が本当にしあわせだって思うことを本当に望むか、そしてそっちへ向かって本当に歩きだすか。それともそれらをしないか。僕は昨今、ほぼ毎日、その時々、折に触れて、パフォーマンス中はできるだけ毎瞬間、そのことだけを考えてる。
6/14
YOGAって統合って意味だったんだ…知らなかった。
6/15
Choose fresh in each moment. …そうこれぞまさに「初心忘るるべからず」…Remember first time mindは誤訳だと思います。
breakthroughの意味がやっと自分の実感でわかりました。いつも僕をワクワクさせてくれるものでした。これからこのことばをたまに使うかもしれません。
6/16
する技を磨くより、いる技を磨いたほうがいいよ。
6/17
わたしはこれまで何も発見していないし何も創りだしていない。これからも何も新しいものは発見することはないだろうし何も創りだすことはないだろう。なぜ なら、そういうことには全く関心がないからだ。ただ…わたしの好きな既にあるものを、望む人に伝えることには少しだけ夢中になってしまう。w
6/18
膝を折りともに数えるあじさいの花
なに残す?聞いてごらんかたつむりに
6/19
レッスンで僕が役者は…演技は…と話すことは自らNGにしてる。代替案は僕は…君は…あの人は…とか。講師である僕のことばは教室に受容され易い。まして ラポールのある今のクラスなら尚更。敬い合う関係、実践的実用的なレッスンであるために「誰」の話をしているのかはいつもクリアにしておきたい。
「創作過程で批評は禁物」…なんでこんなに大切なことを僕はきちんとことばにしてこなかったんだろう。当たり前だから?いや違う!このことばが意味する内容の重要性を本当にはわかってなかったからだ。…いい悪いじゃない、ただ演じるんだ。
6/20
チラ見、思わせぶり、先っちょだけ、寸止め…。客の欲望を駆り立てるにはそいのがいいんだろうなあ。でも、俺は最初からまるごとでいたいなあ。もちろん、 押しつけたりはしないよ。だからまるごとで。たたかいでもあきないでもなく、そう!そもそも相互作用…交流じゃあないんだな、俺が望んでるのは。
交流ってのは、もとは異なるっていう前提から生まれた発想じゃないか。もとはひとつなんでしょ…。ひとつになることも、すでにそっちへ向かっているんだから、ひとつになろうとするとおかしなことになっていくんだと思う。
6/25
消防隊の演奏会でパイレーツオブカリビアンの曲を初めて聞きました。あれだけの時間内にあれだけの要素を盛り込んで聞く人の感情をバランス良く刺激する。さすがディズニーは音楽一つとっても本当に計算されつくしてるなあと改めて感心いたしました。
6/25
緊張するのは「◯◯◯◯」がないから。ちなみに「自信」じゃあありません。これがあれば緊張がなくなるだけじゃなく、存在感を増すことも可能です。今夜はそんなレッスンをしました。セカンドシーズン三週目終了。
人が本当に変わる(進化する)のは、自らの存在の危機に直面したとき。大抵はこれまでのやりかたで何とか無理しながら対処しようとし、命までは取られないから故障しながら何とかごまかす。どうにもこうにも立ち行かなくなりプラス生き残りたいとき、人の進化が始まる。
6/26
そのことばの意味するところのことを考えて自分なりの意見を持ってなければ、そのことばを創造作業に使うことはできない。でも、解ってないことばで演技をつくろうとしてハマっていく役者は結構多い。
日曜日の演奏会後本物の楽器を倅に見せてあげようということになり、ついに箪笥の肥やしとなりつつあった妻のフルートと僕のクラリネットを出して久しぶり に鳴らしました。倅が生まれる前からだから二年以上はブランクが。でも、なんだか新鮮でワクワクして、ロングトーンだけで吹くのが楽しく感じた。
楽器の名前を教えようと「これはフルート」と教えたら「ふるーと」と繰り返した。「パパのはクラリネットっていうんだよ」と教えたら「くりなっとう」と・・・。確かに難しいよなw
6/27
「自然は、経験によって示されたことのない、無限の原因に満ちている」ダ・ヴィンチ
6/29
教えるのが好きな人が、教わるのが不得手なことってしばしば見られます。「教わる」とか「自分は生徒」とかいう、自分に当てはめてる消極的なことばをもっと自分に響く、自分を上げる自己チューなことばに変換すると改善されると思います。
2012年10月10日水曜日
2012 五月のつぶやきから
5/1
スイシンジャーは芸人さんだったんだな。昨日の東京新聞に出てた。京大の学生さんだと思ってたw。あんだけ素人っぽくでも押さえるところは押さえてるのは 素晴らしい芸。彼らを応援したい。…ところでニュースペーパーはどうしてるんだろう。スイシンジャー一座とタッグを組んだら恰好いいんだけどなw
5/2
スプーンでなくパパと同じように箸を出せと言うから出す。左手で試すが上手くいかない「こうか」と言って右手に持つもご飯はとれない。苛立ちが見える。提 案と思い「貸してごらん」と箸を取ろうとすると頑なに拒絶。結局ご飯を食べることができず、箸を叩きつけ泣きわめく。…なかなか好い線いってる。
反省。「貸してごらん」は要らなかったかな。倅はまだ助けを求められる子だから、求められる前は知らんぷりがいいかもな。基本的には、助けってのは求められたらするってこと…いや、求められたら応えられるように準備しておくってことか。
「二股」ってのは、一人で二つの股を持っているってことでもなくw、もちろん一人が二つの股をどうこうしたって意味でもなくww、一人で同時に二つの目的を遂げようとするって意味だろ。つまり、お前がイメージしてることは不可能だってことだな…WWW
同時にだぞ!…そりゃ、無理だろ。
5/6
こどもの日だったなあ。母と動物園行った写メが妻から送られてくる。楽しんでるよ!のメールだけど、写メのせがれが笑ってない…。ちょー気になる。頼むから笑ってる写真を送ってくれよ( ; _ ; )
留守中妻と僕の実家にいた倅はこの数日の間にもたくさんの言葉を発するようになっていた。「パパおかえり」には正直ぶったまげた。来週二歳になるのだが、これが世に聞く『言語爆発期』というやつか。
5/11
「率先してやるの!もうのんびりしてんだから...」妻は僕にそう云うが、できるならもっとのんびりとやるにはどうしたらいいかを探求しているのが今の自分だ。率先はしてないかもしれないけど、自分の仕事はしている。
昔大学時代の悪友に「お前はからだじゃなくて性格がデブなんだ」と言われたことがあるw。母はしばしば「かずひろはのんびりしてんのよ」...と。そもそ も「デブ」っていうのは...「痩せ」もそうだ...相対的な表現だ。本来、サイズもペースも絶対的なものなんじゃないかな。
絶対的なものにしておけば、自然界の植物のように結果的には整然と調和がとれるんだ。小さいことで比較してああだこうだ云うから、却って「反発」を起こし 周囲を攻撃するほどまでに突出したり、極端に引き蘢ったりする。同じ樹木の群れで一本だけ巨大化すれば、それは明らかに命取りになる。
5/13
倅遂に二歳。世間では「魔の二歳」とも。まあ役者の私には何から何までお手本だ。明確な意思、淀みない感情表現、無制限な創造性。誕生日プレゼントのハマーの三輪車はあっという間に写真の様にカスタマイズされた。 http://photozou.jp/photo/show/1369067/134931043 …
倅の誕生日と母の日が重なり、拙宅に両家の母や白寿の祖母をはじめ転居して初のおおぜいの来客。穏やかな初夏の休日…のはずだったが、せがれに煽られなぜかみんなで庭で土いじりになり泥だらけw
そっか…あの日から二年か…。
5/14
孫らしき子を連れてカフェに来たおばちゃん。「なんだここ禁煙だよ」と言って奥の喫煙コーナーに。子どもはもちろんついていく。
5/15
ものすごく大変な現場のことや、落ちてしまったオーディションのことをとっても楽しそうに話してくれる女優さん。以前はいちいちダメージが大きかったそう な。経験とは別に、考え方を変えるだけでこんなにも変わる自分の様子に驚いていた。役者の本当の力って実はそういうとこにあると言えなくもない。
5/17
やっぱ、昨今の「鳥肌が立つ」の使い方はあきらかにおかしいと思う。聞いててマジ鳥肌が立つw。
5/20
自分の人生がまさかこんな風になっていくとは…。でも、わたしが今在るためにすでに出揃っているピースを本当につなげていったらこういう展開は自然当然なことか。
まあ、人間万事塞翁が馬。今はとにかくやってみることだ。
オレは…演技屋でもなくアレクサンダー・テクニック屋でもなく、オレはオレ屋になりたい…でありたいんだなぁーってことがよーくわかりました。
これはやっぱり誰かに何かを証明するためのものだったんだ。そんなことはなにひとつとしてしなくていいんだってこと、僕はまだ全然わかってなかった。
5/21
近所の子どもが「ちっちゃいたいよー!」って叫んでるw
たまたま土曜日にJAXAの太陽眼鏡を持ってきてくれた母の何気ない言葉に刺激を受けて、咄嗟にアクションを起こして次の日曜日には大清算…。なんつうか、日食前にこの件に関してはクリアにしとけよってメッセージだったんだろう。今になって、わかった。
5/22
駅員さん、とてもテキパキと気持ちよくPASMOの窓口清算してくれたのは嬉しいんだけど、最後に「ノータッチでどうぞ!」ってセリフになんだかワンダーな気分。w
アトリエSYMBIONファーストシーズンが昨夜終了しました。六週を通して全てのクラスが受講者の持ち込んだ望み問い好奇心から展開出来たことは大きな 収穫でした。「演技に関することならなんでもどうぞ」と言い、皆から出てきたもの全てにレスポンスできたことは僕個人の収穫にもなりました。
5/23
そんなに混んでる電車じゃないのに窓ぎわに立つ僕のスペースに不自然に入るスーツの若者。センサーがいかれてるのか?それとも最近流行りの男痴漢か?…北 千住近くになってわかった。すごいテンションでスカイツリー眺めてる。観光客だ!スーツに騙された…俺はまだ修行が足りない。
5/24
せがれが僕のiPhoneを「パパのりんご!」と呼んだw
5/25
九十九歳の僕のおばあちゃんをせがれには「大きいおばあちゃん…おおばあちゃん」と呼ばせようと妻と話がつき教えるが、せがれはなぜか「チョーばあちゃん」と呼ぶ。ある意味、せがれのほうがセンスがある。
5/26
かわいい制服なしで私服。給食なしでお弁当。いわゆるお勉強なしで遊びだけ。これは昨今人気ない幼稚園の三大要素らしいが、わが家にとっては理想的。なんと三つ揃ったとこ見つけたり!
このご時世では、なによりも給食でないことがありがたい。まあ、小学校あがれば給食なんだが…。給食ってやっぱり子どものためでなく大人の事情だよな〜。 小中高の十二年間で小5、6の二年以外は全部弁当だった僕は恵まれてる。仕事しながら毎朝ドカベン作ってくれた母ちゃんに感謝だな。
5/28
必要があって戸籍謄本を申請し受けとる。自分の出生日だけでなく、出生地、届出日、届出人を見るとなんだかちょっと感動する…。
ちなみに、せがれの出生届出人は妻だ。いつかちゃんと物語りを聞かせてやろう。
5/29
どんなに明白なことでも、どんなに他人から忠告を受けてもやってみないとわからないことってあるんだなあ。あんまり周りからガヤガヤ言われると意固地にな りがちだけど、今回の俺の場合は何も言わず放っておいてくれた周囲に感謝したい。特に教育のシーンでは大切なことなんだなあ。…自分再教育中。
思った通りにいかなくてたくさん涙を流したとしても「気が済む」ってことが大切なんだなと思った。
「智に働けば角が立つ」…いろんな意味でゆるくしておくのがいい。僕の仕事は命にはかかわらないけど、お互いの人生にはかかわってしまうのだから…。
「やっぱこうだな…」をし続けるのがクリエイティブ
二歳なったばかりのせがれ。チューリップが歌えて、十まで数えて、三語のことばが出て、家族写真指さしながらみんなの呼び名が言えて、一人で階段昇れて、たまに箸で食べ物挟んで食べて…とりあえず順調にきてると思います。
33歳の頃、まだ妻にも出会う前、阿佐ヶ谷でプチ修行僧生活をしていた頃の日記を発見。読むといくつかの記憶が良い方に書きかえられた。日記ってのが、どんだけ貴重かがよくわかった。
スイシンジャーは芸人さんだったんだな。昨日の東京新聞に出てた。京大の学生さんだと思ってたw。あんだけ素人っぽくでも押さえるところは押さえてるのは 素晴らしい芸。彼らを応援したい。…ところでニュースペーパーはどうしてるんだろう。スイシンジャー一座とタッグを組んだら恰好いいんだけどなw
5/2
スプーンでなくパパと同じように箸を出せと言うから出す。左手で試すが上手くいかない「こうか」と言って右手に持つもご飯はとれない。苛立ちが見える。提 案と思い「貸してごらん」と箸を取ろうとすると頑なに拒絶。結局ご飯を食べることができず、箸を叩きつけ泣きわめく。…なかなか好い線いってる。
反省。「貸してごらん」は要らなかったかな。倅はまだ助けを求められる子だから、求められる前は知らんぷりがいいかもな。基本的には、助けってのは求められたらするってこと…いや、求められたら応えられるように準備しておくってことか。
「二股」ってのは、一人で二つの股を持っているってことでもなくw、もちろん一人が二つの股をどうこうしたって意味でもなくww、一人で同時に二つの目的を遂げようとするって意味だろ。つまり、お前がイメージしてることは不可能だってことだな…WWW
同時にだぞ!…そりゃ、無理だろ。
5/6
こどもの日だったなあ。母と動物園行った写メが妻から送られてくる。楽しんでるよ!のメールだけど、写メのせがれが笑ってない…。ちょー気になる。頼むから笑ってる写真を送ってくれよ( ; _ ; )
留守中妻と僕の実家にいた倅はこの数日の間にもたくさんの言葉を発するようになっていた。「パパおかえり」には正直ぶったまげた。来週二歳になるのだが、これが世に聞く『言語爆発期』というやつか。
5/11
「率先してやるの!もうのんびりしてんだから...」妻は僕にそう云うが、できるならもっとのんびりとやるにはどうしたらいいかを探求しているのが今の自分だ。率先はしてないかもしれないけど、自分の仕事はしている。
昔大学時代の悪友に「お前はからだじゃなくて性格がデブなんだ」と言われたことがあるw。母はしばしば「かずひろはのんびりしてんのよ」...と。そもそ も「デブ」っていうのは...「痩せ」もそうだ...相対的な表現だ。本来、サイズもペースも絶対的なものなんじゃないかな。
絶対的なものにしておけば、自然界の植物のように結果的には整然と調和がとれるんだ。小さいことで比較してああだこうだ云うから、却って「反発」を起こし 周囲を攻撃するほどまでに突出したり、極端に引き蘢ったりする。同じ樹木の群れで一本だけ巨大化すれば、それは明らかに命取りになる。
5/13
倅遂に二歳。世間では「魔の二歳」とも。まあ役者の私には何から何までお手本だ。明確な意思、淀みない感情表現、無制限な創造性。誕生日プレゼントのハマーの三輪車はあっという間に写真の様にカスタマイズされた。 http://photozou.jp/photo/show/1369067/134931043 …
倅の誕生日と母の日が重なり、拙宅に両家の母や白寿の祖母をはじめ転居して初のおおぜいの来客。穏やかな初夏の休日…のはずだったが、せがれに煽られなぜかみんなで庭で土いじりになり泥だらけw
そっか…あの日から二年か…。
5/14
孫らしき子を連れてカフェに来たおばちゃん。「なんだここ禁煙だよ」と言って奥の喫煙コーナーに。子どもはもちろんついていく。
5/15
ものすごく大変な現場のことや、落ちてしまったオーディションのことをとっても楽しそうに話してくれる女優さん。以前はいちいちダメージが大きかったそう な。経験とは別に、考え方を変えるだけでこんなにも変わる自分の様子に驚いていた。役者の本当の力って実はそういうとこにあると言えなくもない。
5/17
やっぱ、昨今の「鳥肌が立つ」の使い方はあきらかにおかしいと思う。聞いててマジ鳥肌が立つw。
5/20
自分の人生がまさかこんな風になっていくとは…。でも、わたしが今在るためにすでに出揃っているピースを本当につなげていったらこういう展開は自然当然なことか。
まあ、人間万事塞翁が馬。今はとにかくやってみることだ。
オレは…演技屋でもなくアレクサンダー・テクニック屋でもなく、オレはオレ屋になりたい…でありたいんだなぁーってことがよーくわかりました。
これはやっぱり誰かに何かを証明するためのものだったんだ。そんなことはなにひとつとしてしなくていいんだってこと、僕はまだ全然わかってなかった。
5/21
近所の子どもが「ちっちゃいたいよー!」って叫んでるw
たまたま土曜日にJAXAの太陽眼鏡を持ってきてくれた母の何気ない言葉に刺激を受けて、咄嗟にアクションを起こして次の日曜日には大清算…。なんつうか、日食前にこの件に関してはクリアにしとけよってメッセージだったんだろう。今になって、わかった。
5/22
駅員さん、とてもテキパキと気持ちよくPASMOの窓口清算してくれたのは嬉しいんだけど、最後に「ノータッチでどうぞ!」ってセリフになんだかワンダーな気分。w
アトリエSYMBIONファーストシーズンが昨夜終了しました。六週を通して全てのクラスが受講者の持ち込んだ望み問い好奇心から展開出来たことは大きな 収穫でした。「演技に関することならなんでもどうぞ」と言い、皆から出てきたもの全てにレスポンスできたことは僕個人の収穫にもなりました。
5/23
そんなに混んでる電車じゃないのに窓ぎわに立つ僕のスペースに不自然に入るスーツの若者。センサーがいかれてるのか?それとも最近流行りの男痴漢か?…北 千住近くになってわかった。すごいテンションでスカイツリー眺めてる。観光客だ!スーツに騙された…俺はまだ修行が足りない。
5/24
せがれが僕のiPhoneを「パパのりんご!」と呼んだw
5/25
九十九歳の僕のおばあちゃんをせがれには「大きいおばあちゃん…おおばあちゃん」と呼ばせようと妻と話がつき教えるが、せがれはなぜか「チョーばあちゃん」と呼ぶ。ある意味、せがれのほうがセンスがある。
5/26
かわいい制服なしで私服。給食なしでお弁当。いわゆるお勉強なしで遊びだけ。これは昨今人気ない幼稚園の三大要素らしいが、わが家にとっては理想的。なんと三つ揃ったとこ見つけたり!
このご時世では、なによりも給食でないことがありがたい。まあ、小学校あがれば給食なんだが…。給食ってやっぱり子どものためでなく大人の事情だよな〜。 小中高の十二年間で小5、6の二年以外は全部弁当だった僕は恵まれてる。仕事しながら毎朝ドカベン作ってくれた母ちゃんに感謝だな。
5/28
必要があって戸籍謄本を申請し受けとる。自分の出生日だけでなく、出生地、届出日、届出人を見るとなんだかちょっと感動する…。
ちなみに、せがれの出生届出人は妻だ。いつかちゃんと物語りを聞かせてやろう。
5/29
どんなに明白なことでも、どんなに他人から忠告を受けてもやってみないとわからないことってあるんだなあ。あんまり周りからガヤガヤ言われると意固地にな りがちだけど、今回の俺の場合は何も言わず放っておいてくれた周囲に感謝したい。特に教育のシーンでは大切なことなんだなあ。…自分再教育中。
思った通りにいかなくてたくさん涙を流したとしても「気が済む」ってことが大切なんだなと思った。
「智に働けば角が立つ」…いろんな意味でゆるくしておくのがいい。僕の仕事は命にはかかわらないけど、お互いの人生にはかかわってしまうのだから…。
「やっぱこうだな…」をし続けるのがクリエイティブ
二歳なったばかりのせがれ。チューリップが歌えて、十まで数えて、三語のことばが出て、家族写真指さしながらみんなの呼び名が言えて、一人で階段昇れて、たまに箸で食べ物挟んで食べて…とりあえず順調にきてると思います。
33歳の頃、まだ妻にも出会う前、阿佐ヶ谷でプチ修行僧生活をしていた頃の日記を発見。読むといくつかの記憶が良い方に書きかえられた。日記ってのが、どんだけ貴重かがよくわかった。
2012年6月16日土曜日
2012 四月のつぶやきから
4/1
どんな嘘が人をハッピーにするんだろう?
4/2
公演中に考え方のシステムを変えるのは至難の技だ。成功させたいという思いが、直感を閉ざす。でも…でも人間は一日で、一瞬で変わることができる。ばーんじーじやあーんぷ!
4/4
今回のシンビアン公演を全ステージ観て再確認した幾つかのこと。「漁師メソッド」は心的構えとして全ての技術に勝る。ウォーミングアップの重要性。自分のことばで建設的に思考することの効果。最後にまだ僕も言語化できない…あれ。あくまで演技に関したことはこの四つ。
4/6
役者って自分が本当に下手くそなんだって思えて初めて自分の望みや向上が見えるんだと思う。習慣的手段では臭いものに蓋&芳香剤で誤魔化すまで。 下手するとワークショップやレッスンを受けることさえも誤魔化しになりかねない。じゃあどうしたらいいかはたぶん本人は知ってる…考えれば判る。トライ!
僕は講師として受講する人の望み…好奇心や向上心に関わりたい。それ以外は…まあレッスン以外でなら付き合うこともあるかもしれないかな。。。
いつも「わたし」で…「わたし」を超えて…。
4/8
つまり、もともと俺が演技でやっていた…演技でしかしてなかった…ことを、人生のすべてでやれってことか。できるできないは後にして、それなら話は速いんだがなあ。
4/9
「パパを真似てる!」妻の声に気づくと倅が届かない手で腕組してる。我に気づくと自分が考え事しながら腕組してた。去年見かけた、前を走るパパそっくりにガニ股でよたよた自転車を漕ぐ幼女を思い出す。うーん、開き直れるか…俺?
4/12
いゃあ、ドラマや演劇より実人生の方が圧倒的にいろんなことを体験できると思うなぁ。役者として生きてる者の実感…。
まあ、売れっ子役者でないからかもしれませんけどーσ(^_^;)
4/13
何もしなくていい、ただいるだけでいい。と言われると人は途方に暮れる。いる…ということへの具体的プランがないからだ。今僕にはっきりしてることは、同じ磨くならすることよりもいることにエネルギーを使った方が圧倒的によいってこと。存在あっての行動…
4/15
日舞おさらい会無事に修了。一曲目は完全に振りをすっ飛ばすミスをしたのに以前までのように自分を叱らない俺がいることに驚く。二曲目は綺麗とか美しいと か芝居では滅多に頂かない感想に驚き。一番の驚きは倅が全演目大人しく観ていたこと。こいつ…嫌いじゃないな(^_^;)
4/16
アクション…演技も含む…は、すべて「実験」「お試し」「提案」なんだよ。すべて、すべて、すべて…。まずは、やってみることだな。
アトリエSYMBIONファーストシーズン第一回終了。いやあ、新しい…新しかったなあ。何より自分が全然新しかった。そして、当たり前のように…とても自然に目の前で奇跡が起きた。演技レッスンは楽しい。ある意味、本番を演じる…観るより楽しい。
4/17
役者がディレクターやマネージャーから望まれたことを語る顔はとても幸せそうには見えない…それがいくら的を射たものであっても。自分の望みを語る時はそ れがいくら漠然と曖昧なものであってもぞくぞくするくらい魅力的になる。良し悪しじゃなくそれは頻繁に観察される。両方の情報を巧く扱いたい。
倅の音楽教室を探す妻。ある大手のお教室に体験に行ったら最初から最後までCDかけてたって。そんなところはやめなさい!と言うまでもなく、妻が一言…あれなら私でもできる。w
たぶん、俺にもできる。
カスタネットやタンバリンだけでもいいから楽器の生音と表現豊かな先生の歌声、それだけでいいんだけどなあ。
4/21
力で押したらちょっとふえて返ってくる。抑圧に反発はひとつの真理なんだと思うんだけど、そういうこと学んだり考えたりしたことないのかなあ。
4/22
せがれが時折即興で歌いだす歌はエロ詩吟の様でもあり高僧のチャンティングのようでもあり。そして段々興に乗って踊りだすとそれはオールブラックスみたい で猛々しくなる。僕は必死で真似をするのだが、まだまだ僕の全ては追いつかない。あんな風に歌い踊りたい。僕は彼を「せがれ師匠」と呼んでいる。
4/24
長谷部と翼が並んだらやっぱり長谷部が大きくないといかんのかね?
おさらい会の自分の踊りをビデオで見た。訓練中の動きの観察眼を持って。俺はもっと大きく動けるなあ…特に脚。自覚はあったが客観的にみると「出来るのに やってない」様に見える。もちろん俺は俺の味方で言い訳は幾らでも言えるけど…でも、ぶっちゃけ俺は、出来るけどやってないこと沢山あるなあ…。
やっぱビデオで自分の動きを見るのはいいなあ。最近やっとなんとか見られるとこまできた。自分の大きさに驚かなくなってきたし。少しは動けてるから巨大な尻も肚も自分で許せる。このデカイ親父の子なら倅もデカくなる筈だわw。
4/26
測定したらヤバイ数値が出ちゃいそうだから測らないってのは、体調が明らかに悪いのに医師の診断を仰がないのと同じ心だろか。知らぬが仏とはいうがサイン は出てるんだから知らぬ訳じゃない。無視も騒ぎ立てるのも盲目的反応だ…現実を直視しながら反応を抑制し平静な心で行動する…。できるか?自分!
ここに越してきてヨカッたなとつくづく思う。それはここに来たら「安全」だからではなく…当然⁈…なんというか、「ここからならいざという時躊躇なくどこにでも行ける」という心が持てるからなんだと思った。そういう意味では不思議な「安心」がある。
で、本当にいざという時のためにせがれのパスポートを作った。フラッシュ怖がっちゃって近所の写真館で俺と妻と義父と写真屋のおじさんでそりゃもう大騒ぎw。泣きつくした顔を辛うじて一枚おさえた。かわいそうにな〜。
幼児のパスポートの名前は「母代筆」と但し書きしたり、誘拐の恐れなんかもあるから、ホンモノの親か確認されたり。最後の受け取り時は倅はご機嫌だったので泣きはらした写真と何度も見比べられたりw
自分はなんでRTをするんだろうって考えた。やっぱその理由はその都度違うなあ。RTは権利としてあるからRTする時の自分の心は自由でいたいなあ。もち ろんしない時も自由でいたい。なんにせよ今のツイッターは素晴らしいなあ。永遠はなかろうが今は本当に楽しく頼もしくためになる。たら~。
4/27
すごく見えてきたし、いい線いってるって思うんだけど、その度に先を見ながらまだまだ先は長いなと思うし、これまでを想いながら以前はどんだけひどかったんだ…とも思う。ちとナルシスティックかなw。でも、とにかく今は愉しいよ。Gへ。
4/29
大切だと思ってること、こだわってることも含めて、それ本当?本当に必要?と今一度自問してみる。いらんとなって手放そうとすると、不慣れからちと不安が過る。どんどん自分がか細く消え入りそうに感じる。…消えるならそれもよかろう鯉のぼり
だが、我が巨体は変わらず静かに…結構元気そうに…脈を打つw。
他者との差異を際立たせる…といったような意味での〈個性化〉にはうんざりする。
何気に買ってきた調味料やお菓子が続けざまok foodに載っていて、ちょっと株が上がったオイラ。
4/30
午前中は庭の草取り。猫の額ほどとは言え、自分が庭ってものを持つなんて…。幼児期の微かな記憶を頼りに、とにかく草を毟りながら庭に向き合う。この事実を受け取ろうとしてみる。
それにしても、この時期ってこんなに緑が綺麗で、あちこちに大小様々な花が咲いているんだなあ。仕事を言い訳にするわけじゃなく、本当にこんなに色鮮やかなゴールデンウイークは久しぶりだと感じる。もっと楽しもう。
すべては俺自身の問題で、すべては俺次第だ…
どんな嘘が人をハッピーにするんだろう?
4/2
公演中に考え方のシステムを変えるのは至難の技だ。成功させたいという思いが、直感を閉ざす。でも…でも人間は一日で、一瞬で変わることができる。ばーんじーじやあーんぷ!
4/4
今回のシンビアン公演を全ステージ観て再確認した幾つかのこと。「漁師メソッド」は心的構えとして全ての技術に勝る。ウォーミングアップの重要性。自分のことばで建設的に思考することの効果。最後にまだ僕も言語化できない…あれ。あくまで演技に関したことはこの四つ。
4/6
役者って自分が本当に下手くそなんだって思えて初めて自分の望みや向上が見えるんだと思う。習慣的手段では臭いものに蓋&芳香剤で誤魔化すまで。 下手するとワークショップやレッスンを受けることさえも誤魔化しになりかねない。じゃあどうしたらいいかはたぶん本人は知ってる…考えれば判る。トライ!
僕は講師として受講する人の望み…好奇心や向上心に関わりたい。それ以外は…まあレッスン以外でなら付き合うこともあるかもしれないかな。。。
いつも「わたし」で…「わたし」を超えて…。
4/8
つまり、もともと俺が演技でやっていた…演技でしかしてなかった…ことを、人生のすべてでやれってことか。できるできないは後にして、それなら話は速いんだがなあ。
4/9
「パパを真似てる!」妻の声に気づくと倅が届かない手で腕組してる。我に気づくと自分が考え事しながら腕組してた。去年見かけた、前を走るパパそっくりにガニ股でよたよた自転車を漕ぐ幼女を思い出す。うーん、開き直れるか…俺?
4/12
いゃあ、ドラマや演劇より実人生の方が圧倒的にいろんなことを体験できると思うなぁ。役者として生きてる者の実感…。
まあ、売れっ子役者でないからかもしれませんけどーσ(^_^;)
4/13
何もしなくていい、ただいるだけでいい。と言われると人は途方に暮れる。いる…ということへの具体的プランがないからだ。今僕にはっきりしてることは、同じ磨くならすることよりもいることにエネルギーを使った方が圧倒的によいってこと。存在あっての行動…
4/15
日舞おさらい会無事に修了。一曲目は完全に振りをすっ飛ばすミスをしたのに以前までのように自分を叱らない俺がいることに驚く。二曲目は綺麗とか美しいと か芝居では滅多に頂かない感想に驚き。一番の驚きは倅が全演目大人しく観ていたこと。こいつ…嫌いじゃないな(^_^;)
4/16
アクション…演技も含む…は、すべて「実験」「お試し」「提案」なんだよ。すべて、すべて、すべて…。まずは、やってみることだな。
アトリエSYMBIONファーストシーズン第一回終了。いやあ、新しい…新しかったなあ。何より自分が全然新しかった。そして、当たり前のように…とても自然に目の前で奇跡が起きた。演技レッスンは楽しい。ある意味、本番を演じる…観るより楽しい。
4/17
役者がディレクターやマネージャーから望まれたことを語る顔はとても幸せそうには見えない…それがいくら的を射たものであっても。自分の望みを語る時はそ れがいくら漠然と曖昧なものであってもぞくぞくするくらい魅力的になる。良し悪しじゃなくそれは頻繁に観察される。両方の情報を巧く扱いたい。
倅の音楽教室を探す妻。ある大手のお教室に体験に行ったら最初から最後までCDかけてたって。そんなところはやめなさい!と言うまでもなく、妻が一言…あれなら私でもできる。w
たぶん、俺にもできる。
カスタネットやタンバリンだけでもいいから楽器の生音と表現豊かな先生の歌声、それだけでいいんだけどなあ。
4/21
力で押したらちょっとふえて返ってくる。抑圧に反発はひとつの真理なんだと思うんだけど、そういうこと学んだり考えたりしたことないのかなあ。
4/22
せがれが時折即興で歌いだす歌はエロ詩吟の様でもあり高僧のチャンティングのようでもあり。そして段々興に乗って踊りだすとそれはオールブラックスみたい で猛々しくなる。僕は必死で真似をするのだが、まだまだ僕の全ては追いつかない。あんな風に歌い踊りたい。僕は彼を「せがれ師匠」と呼んでいる。
4/24
長谷部と翼が並んだらやっぱり長谷部が大きくないといかんのかね?
おさらい会の自分の踊りをビデオで見た。訓練中の動きの観察眼を持って。俺はもっと大きく動けるなあ…特に脚。自覚はあったが客観的にみると「出来るのに やってない」様に見える。もちろん俺は俺の味方で言い訳は幾らでも言えるけど…でも、ぶっちゃけ俺は、出来るけどやってないこと沢山あるなあ…。
やっぱビデオで自分の動きを見るのはいいなあ。最近やっとなんとか見られるとこまできた。自分の大きさに驚かなくなってきたし。少しは動けてるから巨大な尻も肚も自分で許せる。このデカイ親父の子なら倅もデカくなる筈だわw。
4/26
測定したらヤバイ数値が出ちゃいそうだから測らないってのは、体調が明らかに悪いのに医師の診断を仰がないのと同じ心だろか。知らぬが仏とはいうがサイン は出てるんだから知らぬ訳じゃない。無視も騒ぎ立てるのも盲目的反応だ…現実を直視しながら反応を抑制し平静な心で行動する…。できるか?自分!
ここに越してきてヨカッたなとつくづく思う。それはここに来たら「安全」だからではなく…当然⁈…なんというか、「ここからならいざという時躊躇なくどこにでも行ける」という心が持てるからなんだと思った。そういう意味では不思議な「安心」がある。
で、本当にいざという時のためにせがれのパスポートを作った。フラッシュ怖がっちゃって近所の写真館で俺と妻と義父と写真屋のおじさんでそりゃもう大騒ぎw。泣きつくした顔を辛うじて一枚おさえた。かわいそうにな〜。
幼児のパスポートの名前は「母代筆」と但し書きしたり、誘拐の恐れなんかもあるから、ホンモノの親か確認されたり。最後の受け取り時は倅はご機嫌だったので泣きはらした写真と何度も見比べられたりw
自分はなんでRTをするんだろうって考えた。やっぱその理由はその都度違うなあ。RTは権利としてあるからRTする時の自分の心は自由でいたいなあ。もち ろんしない時も自由でいたい。なんにせよ今のツイッターは素晴らしいなあ。永遠はなかろうが今は本当に楽しく頼もしくためになる。たら~。
4/27
すごく見えてきたし、いい線いってるって思うんだけど、その度に先を見ながらまだまだ先は長いなと思うし、これまでを想いながら以前はどんだけひどかったんだ…とも思う。ちとナルシスティックかなw。でも、とにかく今は愉しいよ。Gへ。
4/29
大切だと思ってること、こだわってることも含めて、それ本当?本当に必要?と今一度自問してみる。いらんとなって手放そうとすると、不慣れからちと不安が過る。どんどん自分がか細く消え入りそうに感じる。…消えるならそれもよかろう鯉のぼり
だが、我が巨体は変わらず静かに…結構元気そうに…脈を打つw。
他者との差異を際立たせる…といったような意味での〈個性化〉にはうんざりする。
何気に買ってきた調味料やお菓子が続けざまok foodに載っていて、ちょっと株が上がったオイラ。
4/30
午前中は庭の草取り。猫の額ほどとは言え、自分が庭ってものを持つなんて…。幼児期の微かな記憶を頼りに、とにかく草を毟りながら庭に向き合う。この事実を受け取ろうとしてみる。
それにしても、この時期ってこんなに緑が綺麗で、あちこちに大小様々な花が咲いているんだなあ。仕事を言い訳にするわけじゃなく、本当にこんなに色鮮やかなゴールデンウイークは久しぶりだと感じる。もっと楽しもう。
すべては俺自身の問題で、すべては俺次第だ…
2012年6月10日日曜日
2012 三月のつぶやきから
3/1
せがれがバイキンマンを見ると「パパ!パパ!」と云う。
近所でやけにガイガーカウンターの音がするなあ...と思ったら、近くの工事現場でコンクリート打ちやってた。あれは水平器の音だったのね。まあ...数値が低くないのは承知しておりまする。。。(・_・)
3/3
あれっ?そういや、ここ数日新聞来てないよな。おっかしいな。。。と思って妻に言ったら、あんた自分で先月一杯で止めたんでしょ。・・・そうだった。
せがれが「ちょっと」ということばを覚えた。「かんかん!(みかん)」とか「んご!(いちご)」とか「ばー!(バナナ)」とか<要求>するだけじゃなく<交渉>が始まる・・・。いや〜参った。
3/4
演技論は要らないけれど、演技法は必要だと思うし、自分のそれは常にカイゼンしていきたいと思う。
自分の演技法がないと、誰か何か素晴らしいものに出会った時にあ〜い〜な〜で終わってしまう。真似をすることさえできない。的確に欲しい要素をとり入れることができる人は自覚のあるなし問わず自分の方法を持っているんだと思います。
3/5
新居の照明器具を見に行く。こだわる私に量販店員が一言「買って一度つけちゃうと天井の照明なんて滅多に見ないもんですよ」・・・この人は眠れない夜を経 験したことはないのだろうか?子供の頃ひたすら天井を見続けたことはないのだろうか?なんか気持ちが萎えて店と日を改めることにした。
3/6
ビジネスの世界ではノンバーバルコミュニケーションは許されないんだな〜。だから、俺はビジネスがあまり好きじゃないんだろうな〜。ベルリッツの広告を見てわかった。
「もうあなたは必要ない」と生徒に言われることが本当に教師の目指すところであるのなら、やはり教師は聖職であると言わざるを得ないな〜。
聖職を務めるために聖人である必要はもちろんないと思う。
もう、この家に住むのも残すところ一週間か・・・。
新居の呼び名を考える。19で一人暮らしを始めてから住んだ場所...犬熊荘、田中屋、玄米亭、欅館、そして今住んでる...すいきん亭。別に特別な意図 はない。ただ楽しいから名付けてきた。因みに死ぬ時住むところの名は決めてる、苦楽智庵...クラちゃん。お後がよろしいようで。m(_ _)m
3/7
独身の頃の名残りは、白い(もう白くもない)カラーボックスひとつだけになった。細胞もすっかり入れ替わっているんだろうね。でも、記憶が残っているのが面白いよな。・・・けど記憶への反応は全然違うんだよな。
3/9
自分家の照明器具は業者につけさせておいて、自分はお師匠さん家の蛍光灯を面白がって取り替えている俺…。
ダンボールに「パパ」と書いてあると一瞬誰のことだ!?って思う。すぐに「あーオレの荷物か」とわかるが・・・。呼び馴れはしだしたが、文字ではまだ入ってこない。
3/10
七年前の引っ越し時には捨てられなかったものが今は捨てられるなあ。
天袋にしまい込まれた過去の出演作資料...ダンボール三つ...意外にもかなりの平常心で取捨選択しダンボール半分位に。残った殆どが公演日誌や役作り ノート。日誌は痛々しいものばかりw。でも、役作りって俺こんなに一所懸命やってたんだ。アニマルアプローチなんかとっても熱心で楽しそうだ。
今はなき演劇小屋の照明装置の作り方のメモまで出てきた。秋葉で買ってきた電球を大きめの空き缶にはめ込み、それを番線で柱に括り付ける。そもそも小屋も電気も不法。地べたに転がって毎日腹筋やってw。今でも「僕は学生演劇あがりでね」って自己紹介して嬉しくなっちゃうのはあの時空間のお陰だな。
僕にはずっとずっと長い間<エンゲキの女神様>と読んでいる「後ろの人」がいたのですが、どうやらその人はいつの間にかいなくなっていることにさっき気が つきました。僕からサヨナラした記憶はないのですが・・・。で、どうやら「後ろの人」は男性に変わってるような気がします。けど身元は不明です。
3/12
団地の掃除のおじさんとおばさんに煎餅持ってご挨拶。「なに 一戸建て?」みんなそう言うのね…違います(^_^;)いつもキレイに掃除して気持ちよく挨拶してくれてありがとうございました。m(_ _)m
倅がエアコンのリモコンをどこかに隠した!「ピッピどこ?」と聞いても答えない。つうか、そこまでの会話はまだ出来ない。過去にもテレビのリモコンが行方不明のままだ。リモコンないとエアコン外せないよなー。やばい、本気で探さないと。。。
リモコンありました。家中探すもゴミとダンボールのなか見つからず。当然のこと夫婦喧嘩となり「あんた双子みたいに似てるんだから隠しそうなところ考えて みなさいよ!」と云われ真剣に考えてもしや!?と思いついたのがコンセントも入れず使っていないVHSデッキのテープ入れるとこ。
信じられません。歯ブラシシュッポ君も一緒に救出しました。妻もたいそう驚き「あなたがいなかったら私には見つけられなかった」と褒められました。約二時間のロス。。。つうか、マジで疲れた。
3/15
つうか、お心を配って頂いた方々に報告をしなくてはいけません。昨日晴天下無事に我家の引越しが済みました。VHS事件の後倅が高熱を発しまたもえらい騒 ぎだったんですが当日は快復。心配してた冷蔵庫も引越し屋さんのプロの技であっさりと玄関から搬入。私晴れて葛飾区民から越谷市民になりました。
僕の使う路線は東武スカイツリーラインという名前になるそうです。伊勢崎線や日光線の名前は残るそうですが、私鉄で日本一長い伊勢崎線ではなくなるのでしょうか?だとしたら、そのプライドを捨ててまでの名称変更なんだろうな。
せがれは今日かなり落ち着きがなかったらしい。私たち大人でさえ、この環境の変化への調整は当然できていない。彼は一年十ヶ月暮した部屋から転じて、この 新しい環境をどんだけ強い刺激として受け取ってるんだろう。しばらくは毎日クタクタだろうな〜。でも…結局は俺より順応が早いんじゃないかな。
3/17
夫妻一歳の男子と全く同じ家族構成で、ほぼ同時期に同じ引越し屋で転居したわが家と知人家族。彼らはダンボール150個、わが家はダンボール50個だっ た。転居前に住んでた家は確かにうちの方が狭いけど…この100個の差は何の差だろう?まあ、たぶんどっちも平均的ではないと思うけどね…。
3/20
今度のiPadは3…スリーとは言わずに新iPadと言ってるところがミソだな。ウルトラマンも仮面ライダーも三つ目は知恵をしぼっていたものな〜。
あの頃と違うのは、この次もその次もある上でのこれなんでしょ…ってこっち側が思っちゃってるところ。ある意味プロレス的で、それもまた好し…かな。…純粋でなくてさみしいって視点もあるかな。
誰か新たな好きな人が出来なかったら、それまで付き合っていた人と別れられない…って、よく考えたらそんなことないよな〜。もういいから別れる、そんでいいはずなんだけど、時折それができないことがある。
今日初めて「切腹」をいたしました。天気も良くて、鳥のさえずりが聞こえるなか、裃の白装束にて…。もちろんドラマの話ですが、このタイミングでこの演技…。なんともうしますか、有難い巡り合わせ。目出度く「再生」の機会となりますよう(^人^)
3/21
今朝は目黒へ。今日はテストだ。越谷辺り、東武線の車窓から広い墓地が見渡せる。どこも綺麗な仏花が飾ってあってはなやかだ。墓参りできない人もいるだろうけど、思い出してあげるだけでいいのよ…とあるお方が仰ってたっけ。
交通事故で亡くなった女優の友達。二人でシーン稽古したなあ。彼女はアキ・カウリスマキの何かをやりたがってたんだけど、僕がフェリーニの道をやりたがって…。僕のザンパノは酷いもんだったけど、彼女はそのまんまジェルソミーナだった。合掌。
3/22
実際の現場で使えるための術を教えてきたけれど、いざ台本貰って公演だ役だ本番だってなると違うことをし始める。まあ役者ってそういうもの。寛容に見守る、稽古に付き添う。
3/24
今日は妻が用事で倅と一日留守番。倅がねだるし走り回られるより仕事し易いからずっとおんぶしてた。12㎏あるから軽くはないけど、おんぶしながらの家事 は好い練習になった。でも…明日撮影だからおんぶしながら台詞の稽古もしたんだけど、マジな台詞言う度に倅は声あげて笑うんだ…凹むわ(;_;)
3/25
長崎から取り寄せてる「炒り子」は杉戸の「鶴牧煎餅」と並んで倅の二大好物おやつ。長崎ご出身の歯医者さんに教えて貰ってから大のお気に入り。ちなみに煎 餅は「えmべ、えmべ」と言うが、炒り子は「ん~こ、ん~こ」と言う。家にいる時はいいが、他人様の前で炒り子をねだられるとちと恥ずかしい…。
3/27
なんでリチャード・ギアがフランスなんだ?バリバリアメリカだし、アイリッシュ系だし…。ジェラール・ドパルデューなら判る。
リチャード・ギアが日本大好きなのは判るけど、だったら本当に寅さんやらせてやればいい。
ムッシュなら日本にもいるよね…。ミュージシャンとか、元阪神の…とかw
つうか、これテレビコマーシャルもあるんだろうなきっと。車内吊りで俺にこんだけ呟かせたんだ。一本飲んでみっか…。
ジャン・レノはドラえもんやってるから競合でNG。
ドラえもんと寅さんは競合しないか?
やっぱり、元阪神監督の吉田義男さんが「ムッシュはつらいよ」って寅さんになるのが一番面白い。元フランス野球の監督だしね。
マーケティングがわかってない?おじさんだってオレンジジュース飲むんだぞ!
3/28
七年前のすっ天天を見てシンビアンに来てくれた人が今回大役を背負ってたり、七年前新人だった人が今回も同じ役で今度はカンパニーを牽引してたり、当時は 中学生だった二十歳位の若手も沢山いたり、二チーム四十人超えるキャストを前に、なんつうかシンビアンの大河なドラマを想います。
一日に何度も「太りました?」と「痩せました?」を同じくらい言われる。でも答えは同じ「どうかな、測ってないんで…」
昨日若手俳優にしたアドバイスを、自分の今向き合う問題に当てはめてみる。なるほど明解だ、とってもよくわかる。しかし、実際にやるとなったら…うむむ、やっぱり言うは易しだな(^^;;
3/29
色気とエロ気って違いがあると思います。解釈はそれぞれでしょうが、僕の意味するところでは、僕はどちらも好きです。
ある意味…あくまでも僕個人の視点ですが…今日のユースの初日は、十年に渡るシンビアンの歴史の中で最高の舞台だったかもしれません。数人を除き殆どが初シンビアン公演、初舞台も三人とか…。これぞシンビアンのあるべき姿かなと…嬉しい夜でした。
3/30
一時中断してたスカイプでのセッションも再開します。稽古中本番中不問、声、役作り、各種メソッド、緊張対策、オーディション対策、オフ期間を創造的に過ごす方法など演技に関するあらゆる望みに応じます。俳優修業のお供に。秘密厳守、諸条件応相談。
お客様が帽子をとってお礼を言って帰っていく…。いやー、ユースは本当に綺麗な芝居になった。外連を一切排除した芝居が成功しているのを見て、マンガ演技 含め価値が多様化してる今この時代に、自分はこれからどんな演技を選んでいくのかを想う。…もちろん趣味の話じゃなくて、「つとめ」として。
3/31
教えることで上手くなるとはいいませんが、教えることをやめたら僕の演技はみるみるうちに退化することでしょう。僕はそういうタイプの役者です。ちなみに、年中面倒を見ている一番の生徒さんは…自分です。
せがれがバイキンマンを見ると「パパ!パパ!」と云う。
近所でやけにガイガーカウンターの音がするなあ...と思ったら、近くの工事現場でコンクリート打ちやってた。あれは水平器の音だったのね。まあ...数値が低くないのは承知しておりまする。。。(・_・)
3/3
あれっ?そういや、ここ数日新聞来てないよな。おっかしいな。。。と思って妻に言ったら、あんた自分で先月一杯で止めたんでしょ。・・・そうだった。
せがれが「ちょっと」ということばを覚えた。「かんかん!(みかん)」とか「んご!(いちご)」とか「ばー!(バナナ)」とか<要求>するだけじゃなく<交渉>が始まる・・・。いや〜参った。
3/4
演技論は要らないけれど、演技法は必要だと思うし、自分のそれは常にカイゼンしていきたいと思う。
自分の演技法がないと、誰か何か素晴らしいものに出会った時にあ〜い〜な〜で終わってしまう。真似をすることさえできない。的確に欲しい要素をとり入れることができる人は自覚のあるなし問わず自分の方法を持っているんだと思います。
3/5
新居の照明器具を見に行く。こだわる私に量販店員が一言「買って一度つけちゃうと天井の照明なんて滅多に見ないもんですよ」・・・この人は眠れない夜を経 験したことはないのだろうか?子供の頃ひたすら天井を見続けたことはないのだろうか?なんか気持ちが萎えて店と日を改めることにした。
3/6
ビジネスの世界ではノンバーバルコミュニケーションは許されないんだな〜。だから、俺はビジネスがあまり好きじゃないんだろうな〜。ベルリッツの広告を見てわかった。
「もうあなたは必要ない」と生徒に言われることが本当に教師の目指すところであるのなら、やはり教師は聖職であると言わざるを得ないな〜。
聖職を務めるために聖人である必要はもちろんないと思う。
もう、この家に住むのも残すところ一週間か・・・。
新居の呼び名を考える。19で一人暮らしを始めてから住んだ場所...犬熊荘、田中屋、玄米亭、欅館、そして今住んでる...すいきん亭。別に特別な意図 はない。ただ楽しいから名付けてきた。因みに死ぬ時住むところの名は決めてる、苦楽智庵...クラちゃん。お後がよろしいようで。m(_ _)m
3/7
独身の頃の名残りは、白い(もう白くもない)カラーボックスひとつだけになった。細胞もすっかり入れ替わっているんだろうね。でも、記憶が残っているのが面白いよな。・・・けど記憶への反応は全然違うんだよな。
3/9
自分家の照明器具は業者につけさせておいて、自分はお師匠さん家の蛍光灯を面白がって取り替えている俺…。
ダンボールに「パパ」と書いてあると一瞬誰のことだ!?って思う。すぐに「あーオレの荷物か」とわかるが・・・。呼び馴れはしだしたが、文字ではまだ入ってこない。
3/10
七年前の引っ越し時には捨てられなかったものが今は捨てられるなあ。
天袋にしまい込まれた過去の出演作資料...ダンボール三つ...意外にもかなりの平常心で取捨選択しダンボール半分位に。残った殆どが公演日誌や役作り ノート。日誌は痛々しいものばかりw。でも、役作りって俺こんなに一所懸命やってたんだ。アニマルアプローチなんかとっても熱心で楽しそうだ。
今はなき演劇小屋の照明装置の作り方のメモまで出てきた。秋葉で買ってきた電球を大きめの空き缶にはめ込み、それを番線で柱に括り付ける。そもそも小屋も電気も不法。地べたに転がって毎日腹筋やってw。今でも「僕は学生演劇あがりでね」って自己紹介して嬉しくなっちゃうのはあの時空間のお陰だな。
僕にはずっとずっと長い間<エンゲキの女神様>と読んでいる「後ろの人」がいたのですが、どうやらその人はいつの間にかいなくなっていることにさっき気が つきました。僕からサヨナラした記憶はないのですが・・・。で、どうやら「後ろの人」は男性に変わってるような気がします。けど身元は不明です。
3/12
団地の掃除のおじさんとおばさんに煎餅持ってご挨拶。「なに 一戸建て?」みんなそう言うのね…違います(^_^;)いつもキレイに掃除して気持ちよく挨拶してくれてありがとうございました。m(_ _)m
倅がエアコンのリモコンをどこかに隠した!「ピッピどこ?」と聞いても答えない。つうか、そこまでの会話はまだ出来ない。過去にもテレビのリモコンが行方不明のままだ。リモコンないとエアコン外せないよなー。やばい、本気で探さないと。。。
リモコンありました。家中探すもゴミとダンボールのなか見つからず。当然のこと夫婦喧嘩となり「あんた双子みたいに似てるんだから隠しそうなところ考えて みなさいよ!」と云われ真剣に考えてもしや!?と思いついたのがコンセントも入れず使っていないVHSデッキのテープ入れるとこ。
信じられません。歯ブラシシュッポ君も一緒に救出しました。妻もたいそう驚き「あなたがいなかったら私には見つけられなかった」と褒められました。約二時間のロス。。。つうか、マジで疲れた。
3/15
つうか、お心を配って頂いた方々に報告をしなくてはいけません。昨日晴天下無事に我家の引越しが済みました。VHS事件の後倅が高熱を発しまたもえらい騒 ぎだったんですが当日は快復。心配してた冷蔵庫も引越し屋さんのプロの技であっさりと玄関から搬入。私晴れて葛飾区民から越谷市民になりました。
僕の使う路線は東武スカイツリーラインという名前になるそうです。伊勢崎線や日光線の名前は残るそうですが、私鉄で日本一長い伊勢崎線ではなくなるのでしょうか?だとしたら、そのプライドを捨ててまでの名称変更なんだろうな。
せがれは今日かなり落ち着きがなかったらしい。私たち大人でさえ、この環境の変化への調整は当然できていない。彼は一年十ヶ月暮した部屋から転じて、この 新しい環境をどんだけ強い刺激として受け取ってるんだろう。しばらくは毎日クタクタだろうな〜。でも…結局は俺より順応が早いんじゃないかな。
3/17
夫妻一歳の男子と全く同じ家族構成で、ほぼ同時期に同じ引越し屋で転居したわが家と知人家族。彼らはダンボール150個、わが家はダンボール50個だっ た。転居前に住んでた家は確かにうちの方が狭いけど…この100個の差は何の差だろう?まあ、たぶんどっちも平均的ではないと思うけどね…。
3/20
今度のiPadは3…スリーとは言わずに新iPadと言ってるところがミソだな。ウルトラマンも仮面ライダーも三つ目は知恵をしぼっていたものな〜。
あの頃と違うのは、この次もその次もある上でのこれなんでしょ…ってこっち側が思っちゃってるところ。ある意味プロレス的で、それもまた好し…かな。…純粋でなくてさみしいって視点もあるかな。
誰か新たな好きな人が出来なかったら、それまで付き合っていた人と別れられない…って、よく考えたらそんなことないよな〜。もういいから別れる、そんでいいはずなんだけど、時折それができないことがある。
今日初めて「切腹」をいたしました。天気も良くて、鳥のさえずりが聞こえるなか、裃の白装束にて…。もちろんドラマの話ですが、このタイミングでこの演技…。なんともうしますか、有難い巡り合わせ。目出度く「再生」の機会となりますよう(^人^)
3/21
今朝は目黒へ。今日はテストだ。越谷辺り、東武線の車窓から広い墓地が見渡せる。どこも綺麗な仏花が飾ってあってはなやかだ。墓参りできない人もいるだろうけど、思い出してあげるだけでいいのよ…とあるお方が仰ってたっけ。
交通事故で亡くなった女優の友達。二人でシーン稽古したなあ。彼女はアキ・カウリスマキの何かをやりたがってたんだけど、僕がフェリーニの道をやりたがって…。僕のザンパノは酷いもんだったけど、彼女はそのまんまジェルソミーナだった。合掌。
3/22
実際の現場で使えるための術を教えてきたけれど、いざ台本貰って公演だ役だ本番だってなると違うことをし始める。まあ役者ってそういうもの。寛容に見守る、稽古に付き添う。
3/24
今日は妻が用事で倅と一日留守番。倅がねだるし走り回られるより仕事し易いからずっとおんぶしてた。12㎏あるから軽くはないけど、おんぶしながらの家事 は好い練習になった。でも…明日撮影だからおんぶしながら台詞の稽古もしたんだけど、マジな台詞言う度に倅は声あげて笑うんだ…凹むわ(;_;)
3/25
長崎から取り寄せてる「炒り子」は杉戸の「鶴牧煎餅」と並んで倅の二大好物おやつ。長崎ご出身の歯医者さんに教えて貰ってから大のお気に入り。ちなみに煎 餅は「えmべ、えmべ」と言うが、炒り子は「ん~こ、ん~こ」と言う。家にいる時はいいが、他人様の前で炒り子をねだられるとちと恥ずかしい…。
3/27
なんでリチャード・ギアがフランスなんだ?バリバリアメリカだし、アイリッシュ系だし…。ジェラール・ドパルデューなら判る。
リチャード・ギアが日本大好きなのは判るけど、だったら本当に寅さんやらせてやればいい。
ムッシュなら日本にもいるよね…。ミュージシャンとか、元阪神の…とかw
つうか、これテレビコマーシャルもあるんだろうなきっと。車内吊りで俺にこんだけ呟かせたんだ。一本飲んでみっか…。
ジャン・レノはドラえもんやってるから競合でNG。
ドラえもんと寅さんは競合しないか?
やっぱり、元阪神監督の吉田義男さんが「ムッシュはつらいよ」って寅さんになるのが一番面白い。元フランス野球の監督だしね。
マーケティングがわかってない?おじさんだってオレンジジュース飲むんだぞ!
3/28
七年前のすっ天天を見てシンビアンに来てくれた人が今回大役を背負ってたり、七年前新人だった人が今回も同じ役で今度はカンパニーを牽引してたり、当時は 中学生だった二十歳位の若手も沢山いたり、二チーム四十人超えるキャストを前に、なんつうかシンビアンの大河なドラマを想います。
一日に何度も「太りました?」と「痩せました?」を同じくらい言われる。でも答えは同じ「どうかな、測ってないんで…」
昨日若手俳優にしたアドバイスを、自分の今向き合う問題に当てはめてみる。なるほど明解だ、とってもよくわかる。しかし、実際にやるとなったら…うむむ、やっぱり言うは易しだな(^^;;
3/29
色気とエロ気って違いがあると思います。解釈はそれぞれでしょうが、僕の意味するところでは、僕はどちらも好きです。
ある意味…あくまでも僕個人の視点ですが…今日のユースの初日は、十年に渡るシンビアンの歴史の中で最高の舞台だったかもしれません。数人を除き殆どが初シンビアン公演、初舞台も三人とか…。これぞシンビアンのあるべき姿かなと…嬉しい夜でした。
3/30
一時中断してたスカイプでのセッションも再開します。稽古中本番中不問、声、役作り、各種メソッド、緊張対策、オーディション対策、オフ期間を創造的に過ごす方法など演技に関するあらゆる望みに応じます。俳優修業のお供に。秘密厳守、諸条件応相談。
お客様が帽子をとってお礼を言って帰っていく…。いやー、ユースは本当に綺麗な芝居になった。外連を一切排除した芝居が成功しているのを見て、マンガ演技 含め価値が多様化してる今この時代に、自分はこれからどんな演技を選んでいくのかを想う。…もちろん趣味の話じゃなくて、「つとめ」として。
3/31
教えることで上手くなるとはいいませんが、教えることをやめたら僕の演技はみるみるうちに退化することでしょう。僕はそういうタイプの役者です。ちなみに、年中面倒を見ている一番の生徒さんは…自分です。
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