Who is KAZU?

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ボイススタイリスト 。通称・うごき先生&ムッシュ倉持。アレクサンダーテクニーク教師。俳優として美輪明宏演出舞台に18年レギュラー出演。日本アレクサンダーテクニーク協会会員。ボディシンキング&シンキングボディ認定講師。中高国語教師資格所持。早稲田大学文学部日本文学科卒業。妻、長男と埼玉県越谷市在住。身長180cm、体重83kg。趣味は日本舞踊、太極拳、ジャグリング

2013年3月10日日曜日

2013年ワークショップアンケート

2013年以降、わたしのアクティング・ワークショップに参加してくださった方々から頂いたアンケートを掲載します。頂くたびに随時更新する予定です。アンケートご協力頂いたみなさんありがとう!(^.^)

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1-今回二回だけの参加でしたが今までと違い自発性を重んじたテーマへの取り組みと誠実な対応の指導それによって意識することの気付きが明確になって変化していく様子を目の当たりに出来たことは素晴らしいと思った。
2-骨格について~今回は股間接と脚について本をみて確認し、今までになく意識と動きの認識をもつことができた。
3-プロ・アマ、そして年齢幅の制限もなく心身もオープンにして安心して参加出来、未開発な自分にであえるワクワク感に興味がもてる。また折りをみて参加したい。
(マダマダひよっこの60代・HOUSE KEEPER ???)

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1回で激変・・・ではないのですが、継続してワークに参加することで、少しずつ、でも確実に自分自身の『何か』が変わっていくクラスだと思います。
私にとってカズさんのクラスは、自分自身と向き合うことの大切さ、向き合うことでの気付きによって、じわじわと自分の成長を実感できる空間です。
いろいろな考えの人が集まって、それぞれの考えや想い、やりたいことをシェアすることで、自分にはない視点・観点に気付くことができる、学びの場でもあります。(s.)

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演技って?根本で単純なことが分からなくなる時があります。倉持さんのクラスはそんな根本を見つめ直し、目から鱗な気付きを与えてもらえます。霧深いの森で迷っている中の光を見つける感じです。(T 30代女性)

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私にとっての倉持一裕演技クラスとは?
例えば、自分の課題!言葉を変えると、自分の望み!つまり自分のやりたいこととか、自分の在りたい姿とか、自分の知りたいこと!とか、自分の試してみたいこと!とか、似た望みを持つ人とシェアしたいこと!・・・などなどなど
だれかが言ったことをそのまま鵜呑みにして「そうしなければならない」と考えるのではなくて、「自分が今ほんとに望むこと!」を明確にもって来る人のためにあるクラスだと思う。
自分の望みをクラスで発信すれば、必ず何かの糸口が見えて又次の望みに繋がる。
クラスメイトの発信も自分の望みとリンクさせれば、自分の得るもののチャンスは倍になる。
クラスメイトには私には想像もつかない望みを持つ人もいるし、似たような望みを全く別の角度から持ってくる人もいる。
こういう各人の『望み」をテーマにkazuさんが実に適切かつわかりやすく、レクチャーしたりワークしたりして核心に迫っていくというスタイル。もちろん各人へのレクチャーやワークは全員でシェア。こういう課程や作業が私の好奇心をくすぐり、最高にエキサイティング。
クラスにもってくる「望み」は演技に関わることはもちろんだけど、一見演技とは無関係に見えることでも必ず「演技」に役立ち、ひいては「人として生きてること」が豊かになるのが楽しくて仕方ない。
頭・呼吸・股関節・骨・空間・全部・ここ・今・声・居る・見る・・・など、いつもそこにあるのにスルーしまっている大切なものに気づくチャンスに溢れてるクラスでもある。
毎回何が起こるのか予測できないわくわく感と、好奇心を満たす満足の時間・・・。
私にとっては繊細かつ大胆に心身を刺激する、演技と人生のために有効な時間なのです。
(M.O.  最近は「ちっちゃい」or「涙目」というのが 私のファーストインプレッション?    らしい...)

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2013年2月13日水曜日

演じるかたへ!春のスペシャルワークショップのご案内

春が待ち遠しい今日この頃、みなさまいかがお過ごしですか。

このたび、春のスペシャルワークショップと題しまして
演技を楽しまれる方々へ向けた三日間だけの演技ワークショップを開催いたします。

いつもユニークな企画と俳優向けの演技レッスンを展開しているシンビアンの主催。
本企画は入会金なども不要の受けきりオープンクラスとなっています。
どなたでもお気軽にご参加ください。

講師はもちろんわたくし、倉持一裕です。どうぞよろしくお願いします。(^.^)

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春の特別クラスA(3月4日月曜日)
どんな小道具も一瞬にして自分のモノにしちゃう技を磨くクラス
          &
春の特別クラスB(3月6日水曜日)
知るだけで演技が変わる?!俳優の<楽器>のしくみを学ぶクラス
   &
春の特別クラスC(3月8日金曜日)
俳優の<聞く>スキルをupするためにレペティションを使うクラス

<春の特別クラスウィークの詳細>

○定員→各回14名(状況によりクラスBのみ増やす可能性があります)
○受講料→各回4000円(ABC全クラス参加者は11,000円…3/4のみの受付)
○日程→特別クラスA(小道具のコツ)3月4日月曜日
    特別クラスB(楽器のしくみ)3月6日水曜日
    特別クラスC(聞くを磨く)   3月8日金曜日
○時間→18:30~21:30(ABC共通)※受付は18時から開始します。
○場所→南阿佐ヶ谷シアターシャイン地下スタジオ
○お申し込み&お問合せ
 春の特別クラス専用アドレス  kazu_kuraアットマークi.softbank.jp(アットマークを@に換えてください。)又はkazu.kuramochi@facebook.comまで
◯参加資格→俳優さん、演じる方ならどなたでも(シンビアン企画のワークショップですが、本企画においては入会金等は必要ありません。どなたでも参加できる受け切りワークショップです)



<春の特別クラスAのご案内>(3月4日月曜日)
役を演じるとき、しばしば小道具は大変重要なツールとなります。セットに置かれる家具等から、手持ちの道具までその種類は多岐に渡ります。稽古中からずっとそれらを使うことができれば、その間に道具を自分に馴染ませることも可能でしょうが、時には劇場入りしてから小道具に始めてご対面したり、映像の現場では演技の直前に渡されるということも珍しくありません。このクラスでは人間の脳に備わるある能力に着目して、小道具を使う時にどんなことに注意を向ければ、これらをスムーズに使いこなすようになれるか…使いこなせてるように見えるか…を考えてみるクラスです。参加される人は、ぜひ何かしらの小道具をお持ちください。ボールペンひとつでも構いませんし、よかったらモデルガンや木刀や化粧道具など、これまでにそしてこれから使う予定の小道具を実際にお持ち頂くと楽しく学べると思います。そして最後には、この小道具を使う時のアイデアを、相手役と向きあう時にも応用できないかをも考えてみます。すなわち相手役も自分の小道具にしてしまう作戦です。さてさて、どういうことになりますか。ぜひ実際に、あなたも持つ「この能力」をこのクラスであらためて意識的に体験しながら、ご自分の演技への使い道を考えてみてください。

<春の特別クラスBのご案内>(3月6日水曜日)
役の行動をし、ことば(セリフ)を話し、表情や声や振る舞いでさまざまな感情を表現することで役の人生を演じる…。そういう意味では、わたしたち俳優にとって心とからだは<楽器>と言えます。みなさんはご自分の<楽器>のことをどれだけご存知でしょうか?演技レッスンや積み上げた経験などで「演技法」はそれなりに知っているかたでも、その<楽器>の仕組みはどれだけご存知でしょうか?ボディマッピングという分野があります。文字通り「からだの地図づくり」をする学習です。からだの各部分の大きさ、構造、機能を正確に認識することは自分を使うことの大きな助けとなるのです。すぐれたパフォーマーやアスリートは、このマッピングのズレが少ないと言われています。演技をする皆さんも、お医者さんになるほどに解剖学を学ぶ必要はないでしょうが、演技の妨げにならない程度の最低限の<楽器>のしくみは覚えておく必要はあるでしょう。今回は、倉持の俳優としての個人的な経験と演技講師としての観点から、これだけは誤解なく押さえておいてほしいという...俳優の<楽器>のしくみ...をお伝えします。数ある重要なポイントから、内容を厳選し今回のテーマは二つ。立ち姿や存在感や演技の統一感に影響する<軸骨格>についてと、俳優の重要なツールである声に関連して<呼吸と発声のシステム>について…を学びます。座学だけでなく、実際に自分のからだで学びを確かめられるよう簡単なワークとともに展開します。これらを知ってるのと知らないのとであなたの演技がどう変わるでしょうか?ぜひ、あなた自身で試してみてください。

<春の特別クラスCのご案内>(3月8日金曜日)
レペティションと言われる俳優の訓練に大変有効な基本エクササイズがあります。そのシンプルさから活用範囲も広く、講師によって多少その解釈と指導方法が異なることもあります。ただ「このエクササイズの目的の一つに、俳優の<聞く>スキルを磨くことがある」という点において異論を唱える方はいらっしゃらないでしょう。「聞く」は紛れもなくアクションの一つです。そして、俳優にとって最も重要なアクションと言えます。レペティションでは、息をつく暇もないほどのスピード感のなか「聞く」「繰り返す」そして「観察する」を重ねながら、俳優の本能的反応を引き出していきます。しかし、最も大切な「聞く」アクションが的確に行われていなければ、エクササイズ自体が無意味なものに、下手すると害にもなりかねません。また、俳優さんのなかには、相手の長台詞は「聞ける」けど、日常会話のような短い台詞のやり取りになると「聞けなくなる」と言った悩みを持つ方もいらっしゃるようです。本講座ではレペティションという簡単な言葉の繰り返しをするエクササイズを使って、「聞く」ということは自分が自分をどう使うことなのかを、皆さん自身が見つけることを目指してクラスを展開します。もちろんレペティション未経験の方も参加可能です。みなさまふるってご参加ください。

以上三つのクラスはバラバラなテーマのようで実は関連性があります。通し受講により、より理解が深まる可能性は高まります。

お知り合いにもご紹介頂けたら幸いです。
演技が好き、演技をしたい、そんな方々のご参加をおまちしています!

倉持一裕

「鍛える」ことについて


わたしは「鍛える」ということばがどうも好きになれません。

演技に関してだけ言っても「学ぶ」のは大好きですが
「鍛える」と言われると身を引きたくなります。
そもそもの意味から
火にあぶられたり、固いもので叩かれたり、冷水を浴びせられたり
そんなことを「される」ことを想像してしまいます。
当然自分で自分にそれを「する」のも勘弁です。

 

ですから
わたしが自分の演技向上を目指して何かする場合も「鍛える」ということはしません。
そして、同じように
演技教師として俳優さんの指導に当たる場合も「鍛える」ということはしません。

でも実は、俳優さんがたは「鍛えたがっている」人が大変多いです。
 
みな自分が<弱い>とか<未熟>とか<足りてない>という不安のなかにいます。
自分が<弱く><未熟で><足りてない>ことをとても強く信じています。
だから多くの人が自分を鍛えたがっているし
鍛える場所を探し、鍛えてくれる人を求めています。

誰かに言われたのか、自分で思い込んでいるのかわかりませんが
そういう人がいた場合、わたしの仕事はその洗脳を解くことに
まず最初のエネルギーを注ぐことが多いです。

それは正直言って、なかなか難しいことなのですが
実は、
その俳優さんの<足りてない>という物語につきあいながらレッスンをするよりは
はるかに現実的で効率的だとわたしは思っています。
要は本人が望むパフォーマンスに近づきやすいということです。

なぜなら、
彼らが信じているそのことは事実ではないと解釈せざるを得ない場合がほとんどだからです。
それが証拠に、
彼らが自分も見る人も満足するパフォーマンスをしたときは
その<足りてない>という不安の枠から飛び出て演じた場合がほとんどで
決して「鍛えあげた」「鍛わった」から出来たわけではないのです。

そしてもっと興味深いことに
自分は「鍛わった」と思えたうえでするパフォーマンスは
本人も見る人もなぜが不満を感じるのです。

これがなぜなのか、その理由はわたしにはまだハッキリとはわかりません。
でも、どうしてもその結果から鑑みて
その人が<弱い>とか<足りてない>とかいうことは事実ではない
と、そう解釈するより他にわたしにはアイデアが浮かびません。
それが事実だったら
「弱い」自分を「鍛え」あげたうえで成したパフォーマンスは
「満足できる」ものになるはずですから。

まあ、これはわたしの経験と観察が「不足している」から
こういう考え方しかできないのかもしれません。
「弱い」自分を「鍛え」て「満足」した人や
そういう人を見たことがある人もたくさんいるのかもしれません。
だから「鍛えたい」人が多くいるのかもしれません。

わたしもこの現実の中で
「鍛えたってしょうがないよ」みたいな発言をもしもし続けていたら
世間の人々からそっぽを向かれてしまうことでしょう。
現実としてあるニーズですから。。。
ですから、もちろんそれについては考えています。

決して説を唱えて賛成してもらうことがわたしの望みではありません。
俳優さんの、もっと向上したい、という望みを叶える手助けを
ただ、わたしはしたいだけなのですから。

探究はまだまだ続きます。

2013年1月15日火曜日

2012 九月のつぶやきから


9/2
今日は後半のってしまって、四時間休憩とらずに突っ走った。うーん、タイムマネージメントは下手じゃないと思うけど、もっと鮮やかに、自分で惚れ惚れするくらいに上手くなりたい…w

9/5
昨日の務めはメインがディレクター、加えてワンシーンのみアクター。昨日の調子でディレクターをするならば、両方やることも楽しい。その前にシンプルにディレクターという務めへの好奇心も増幅した。

自分はアクターでティーチャーだ。依頼があればディレクターもするがそれを名乗ってはいない。でも、興味が湧いたからこれらの共通点と相違点を考えてみよう。それからこれまで出会ったたくさんの素晴らしいお手本たちをあらためて振り返ってみよう。自分のなかのディレクターをゆっくり育てていこう。

9/6
人を考えることと大衆を考えることとは違うってあらためて感じた。かと言って人を考えることのほうがより具体的だとも言えないし、大衆を考えることにも意味はある。なんか規模の問題でなく、視点そのものが全然違うのだね…。

9/7
結局、数少ない平日のマチネに都合がつかなけりゃその公演は観られないってことだ。出来ないことを考えることはからだによくない。自分のためにクリアにしとこう。

9/10
うまく行きはじめて楽しくなってくるとそれに対する執着が生まれ、その未来への期待がふくらみはじめる。そうして、それがために僕は傷つく。反応したこと が問題か?受け取ってしまったことが問題か?期待を持ってしまったことが問題か?あー、せっかく手にした悦びだけど、これも手放すのか…無念だ。

「演技は自己表現だ」ってことを再確認したい。それ以外の何物でもないとわたしは思いたい。

こんなに当たり前のことが、実はまかり通らない。

9/11
新しい人、久しぶりの人と会って話を聞いたり、交流したりするってことは、その人の脳の回路ともキャッチボールをすることでもあって、人によっては僕が混乱したり疲れたりするのだけど、新鮮なことだから面白くもある。

9/12
そのことに関して疑問を持ったりせず、これまでとは違う視点があるなんて考えもしなかった人に、新しい考え方を提示した場合、それがどんなに素晴らしいものであっても、大抵の人は面食らってただほーとかへーとか云うだけだ。

疑問を抱えて、何とかよいものよい方法はないかと関心を持っていた人は熱心に喜んで受けとることが多い。

自分が素晴らしいと思っているものに相手が無反応に見えても、それはそれだけのこと…ってこと。

今朝のツイに関して、先程のプレゼンを経験して得た新しい気づき。新しい有益な情報を提供する場合、その仕方…手順やかける時間によっても、受けとってもらえる度合いが違ってくるということ。情報の良し悪しだけでなく、提供方法もちょー大切。

9/14
代講を務めてる俳優道場ではUP前にそこ独自のアファーメーションを毎回唱えてる。面白そうだから僕も自分のアファーメーションを創作する。「わたしのこだわりは日一日とひだまりに変わってゆく」…わかるかな〜w

生徒さん達は「演出の要求に応えられるようになりたい」と口を揃えて言う。気持ちはわかるが、それならば…だからこそ、その前にやっておく…いつもやっている必要なことがある。それは幸運なことに、自分で選べて、それが出来ているか自分で判断できることなんだ。

ゆかさんが言ってた「mustは何だ?」って言葉が頭から離れない。アーティストにとって他人の要求に応えることは、出来たらいいことであって、しなくちゃいけない出来なくちゃいけないことじゃあない。

百歩譲って、他人の要求に応えることがアーティストのmustだとしても、それ以前に圧倒的におわしますアーティスト必須のmustがあると思う。んー、もっとハッキリさせたいなあ。

9/16
ジョージ・クルーニー、中村吉右衛門、MJ、ザッケローニ、ガンジー…アクティビティや意図によって、または部分的にコピーしたいと思う人が僕にはいて実際遊びながらやってるけど、この人の「脳」をコピーしたいと思う人にはまだ出会わない。

あらためて考えたことがなかったんだなあ。フルトヴェングラーとかテニスのフェデラーとかの脳はちょっと気になるな〜。

9/17
レッスンしながら、新しいメソッドを発見することってある。…っつうか新しいメソッドや発見ってのは、大概がレッスンの中から見つかるものなんだろう。

9/19
「わたし基礎がないんです」と言う人多い。よく聞けばそう他人に言われたという人がこれまた多い。けど、そもそも基礎とは、あるないではなく、やるやらないだと思う。だから、その前にその基礎が何なのかしらなくちゃ。

これは基礎じゃなくて基本の話か…。だとしたら、演技の基礎は「表現したいと思う気持ち」だ。

私なりに演技の基本の定義を考える。 実行可能なこと…やれば誰でもできること。 達成してるか出来てるか本人が判ること…ただし、達成までにコーチが不要な訳ではないし、不要な場合もある。 それが出来たら、そのパフォーマンスの七割五分は達成してる。これも本人が判る。

9/22
なにかを教えるなら、生徒さんにそれを体験させてあげてはじめて教えるの域に入る。でないと、受け売りやひけらかしと変わりないことになる。

他人や世間一般と比較しながらする努力と、自分の興味や関心に向かってする努力とでは、後者の方が効率がいい。それはたぶん後者の方が圧倒的に視野が広いからだろう。

レッスンの振り返り…。しかし、俺はよく喋る。でも、生徒さん達のあの眼が俺を饒舌にさせるんだw。まあ判断はさておき、良くも悪くもこれが今の俺のベストパフォーマンスということだ。

9/23
雨のせいで外遊び出来ず、挙げ句昼寝をしてしまったらしく…倅が寝ない(^_^;)エネルギー有り余ってる(>_<)早く寝ろ、もう9時半だぞ!

9/27
それの先生になる場合、それのスペシャリストであること以上に「教え方」というものを学ぶ必要があるとつくづく思う。分野は問わない「教え方」がある。い や、「教え方」という分野が独立してあるんだ。だから「教え方」の先生ってのも存在しうるわけで、今後需要もふえるかもしれない。…と僕は思う。
9/28
演技教師の仕事のひとつの目安に役者を演出可能なところまで導くというのがある。何を持って演出可能と見るか。僕は役の状況が入っている、即ち役者が役として生きはじめているところだと思う。プロでもそこまで教師のサポートを得るのは悪いことじゃない。

アファーメーションを運動イメージに変換というアイデアは悪くないと思うけど、想定の限界を超える可能性はアファーメーションの方が高いのではないかという思いもなくはない。

まあでも、役者だったら言葉を発している時点で可能な限りの運動イメージは備わるはずだろう…てな希望。

9/30
じいじとかばあばっていう呼び方は一体いつ頃からこんなに広まったんだ?俺が子どもの頃はなかった気がする。なんか馴れ馴れしいだけで敬意も愛情も感じられなくて、僕は好きじゃない。