Who is KAZU?

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ボイススタイリスト 。通称・うごき先生&ムッシュ倉持。アレクサンダーテクニーク教師。俳優として美輪明宏演出舞台に18年レギュラー出演。日本アレクサンダーテクニーク協会会員。ボディシンキング&シンキングボディ認定講師。中高国語教師資格所持。早稲田大学文学部日本文学科卒業。妻、長男と埼玉県越谷市在住。身長180cm、体重83kg。趣味は日本舞踊、太極拳、ジャグリング

2012年10月10日水曜日

2012 五月のつぶやきから

5/1
スイシンジャーは芸人さんだったんだな。昨日の東京新聞に出てた。京大の学生さんだと思ってたw。あんだけ素人っぽくでも押さえるところは押さえてるのは 素晴らしい芸。彼らを応援したい。…ところでニュースペーパーはどうしてるんだろう。スイシンジャー一座とタッグを組んだら恰好いいんだけどなw

5/2
スプーンでなくパパと同じように箸を出せと言うから出す。左手で試すが上手くいかない「こうか」と言って右手に持つもご飯はとれない。苛立ちが見える。提 案と思い「貸してごらん」と箸を取ろうとすると頑なに拒絶。結局ご飯を食べることができず、箸を叩きつけ泣きわめく。…なかなか好い線いってる。

反省。「貸してごらん」は要らなかったかな。倅はまだ助けを求められる子だから、求められる前は知らんぷりがいいかもな。基本的には、助けってのは求められたらするってこと…いや、求められたら応えられるように準備しておくってことか。

「二股」ってのは、一人で二つの股を持っているってことでもなくw、もちろん一人が二つの股をどうこうしたって意味でもなくww、一人で同時に二つの目的を遂げようとするって意味だろ。つまり、お前がイメージしてることは不可能だってことだな…WWW

同時にだぞ!…そりゃ、無理だろ。

5/6
こどもの日だったなあ。母と動物園行った写メが妻から送られてくる。楽しんでるよ!のメールだけど、写メのせがれが笑ってない…。ちょー気になる。頼むから笑ってる写真を送ってくれよ( ; _ ; )

留守中妻と僕の実家にいた倅はこの数日の間にもたくさんの言葉を発するようになっていた。「パパおかえり」には正直ぶったまげた。来週二歳になるのだが、これが世に聞く『言語爆発期』というやつか。

5/11
「率先してやるの!もうのんびりしてんだから...」妻は僕にそう云うが、できるならもっとのんびりとやるにはどうしたらいいかを探求しているのが今の自分だ。率先はしてないかもしれないけど、自分の仕事はしている。

昔大学時代の悪友に「お前はからだじゃなくて性格がデブなんだ」と言われたことがあるw。母はしばしば「かずひろはのんびりしてんのよ」...と。そもそ も「デブ」っていうのは...「痩せ」もそうだ...相対的な表現だ。本来、サイズもペースも絶対的なものなんじゃないかな。

絶対的なものにしておけば、自然界の植物のように結果的には整然と調和がとれるんだ。小さいことで比較してああだこうだ云うから、却って「反発」を起こし 周囲を攻撃するほどまでに突出したり、極端に引き蘢ったりする。同じ樹木の群れで一本だけ巨大化すれば、それは明らかに命取りになる。

5/13
倅遂に二歳。世間では「魔の二歳」とも。まあ役者の私には何から何までお手本だ。明確な意思、淀みない感情表現、無制限な創造性。誕生日プレゼントのハマーの三輪車はあっという間に写真の様にカスタマイズされた。 http://photozou.jp/photo/show/1369067/134931043 …

倅の誕生日と母の日が重なり、拙宅に両家の母や白寿の祖母をはじめ転居して初のおおぜいの来客。穏やかな初夏の休日…のはずだったが、せがれに煽られなぜかみんなで庭で土いじりになり泥だらけw

そっか…あの日から二年か…。

5/14
孫らしき子を連れてカフェに来たおばちゃん。「なんだここ禁煙だよ」と言って奥の喫煙コーナーに。子どもはもちろんついていく。

5/15
ものすごく大変な現場のことや、落ちてしまったオーディションのことをとっても楽しそうに話してくれる女優さん。以前はいちいちダメージが大きかったそう な。経験とは別に、考え方を変えるだけでこんなにも変わる自分の様子に驚いていた。役者の本当の力って実はそういうとこにあると言えなくもない。

5/17
やっぱ、昨今の「鳥肌が立つ」の使い方はあきらかにおかしいと思う。聞いててマジ鳥肌が立つw。

5/20
自分の人生がまさかこんな風になっていくとは…。でも、わたしが今在るためにすでに出揃っているピースを本当につなげていったらこういう展開は自然当然なことか。

まあ、人間万事塞翁が馬。今はとにかくやってみることだ。

オレは…演技屋でもなくアレクサンダー・テクニック屋でもなく、オレはオレ屋になりたい…でありたいんだなぁーってことがよーくわかりました。

これはやっぱり誰かに何かを証明するためのものだったんだ。そんなことはなにひとつとしてしなくていいんだってこと、僕はまだ全然わかってなかった。

5/21
近所の子どもが「ちっちゃいたいよー!」って叫んでるw

たまたま土曜日にJAXAの太陽眼鏡を持ってきてくれた母の何気ない言葉に刺激を受けて、咄嗟にアクションを起こして次の日曜日には大清算…。なんつうか、日食前にこの件に関してはクリアにしとけよってメッセージだったんだろう。今になって、わかった。

5/22
駅員さん、とてもテキパキと気持ちよくPASMOの窓口清算してくれたのは嬉しいんだけど、最後に「ノータッチでどうぞ!」ってセリフになんだかワンダーな気分。w

アトリエSYMBIONファーストシーズンが昨夜終了しました。六週を通して全てのクラスが受講者の持ち込んだ望み問い好奇心から展開出来たことは大きな 収穫でした。「演技に関することならなんでもどうぞ」と言い、皆から出てきたもの全てにレスポンスできたことは僕個人の収穫にもなりました。

5/23
そんなに混んでる電車じゃないのに窓ぎわに立つ僕のスペースに不自然に入るスーツの若者。センサーがいかれてるのか?それとも最近流行りの男痴漢か?…北 千住近くになってわかった。すごいテンションでスカイツリー眺めてる。観光客だ!スーツに騙された…俺はまだ修行が足りない。

5/24
せがれが僕のiPhoneを「パパのりんご!」と呼んだw

5/25
九十九歳の僕のおばあちゃんをせがれには「大きいおばあちゃん…おおばあちゃん」と呼ばせようと妻と話がつき教えるが、せがれはなぜか「チョーばあちゃん」と呼ぶ。ある意味、せがれのほうがセンスがある。

5/26
かわいい制服なしで私服。給食なしでお弁当。いわゆるお勉強なしで遊びだけ。これは昨今人気ない幼稚園の三大要素らしいが、わが家にとっては理想的。なんと三つ揃ったとこ見つけたり!

このご時世では、なによりも給食でないことがありがたい。まあ、小学校あがれば給食なんだが…。給食ってやっぱり子どものためでなく大人の事情だよな〜。 小中高の十二年間で小5、6の二年以外は全部弁当だった僕は恵まれてる。仕事しながら毎朝ドカベン作ってくれた母ちゃんに感謝だな。

5/28
必要があって戸籍謄本を申請し受けとる。自分の出生日だけでなく、出生地、届出日、届出人を見るとなんだかちょっと感動する…。

ちなみに、せがれの出生届出人は妻だ。いつかちゃんと物語りを聞かせてやろう。

5/29
どんなに明白なことでも、どんなに他人から忠告を受けてもやってみないとわからないことってあるんだなあ。あんまり周りからガヤガヤ言われると意固地にな りがちだけど、今回の俺の場合は何も言わず放っておいてくれた周囲に感謝したい。特に教育のシーンでは大切なことなんだなあ。…自分再教育中。

思った通りにいかなくてたくさん涙を流したとしても「気が済む」ってことが大切なんだなと思った。

「智に働けば角が立つ」…いろんな意味でゆるくしておくのがいい。僕の仕事は命にはかかわらないけど、お互いの人生にはかかわってしまうのだから…。

「やっぱこうだな…」をし続けるのがクリエイティブ

二歳なったばかりのせがれ。チューリップが歌えて、十まで数えて、三語のことばが出て、家族写真指さしながらみんなの呼び名が言えて、一人で階段昇れて、たまに箸で食べ物挟んで食べて…とりあえず順調にきてると思います。

33歳の頃、まだ妻にも出会う前、阿佐ヶ谷でプチ修行僧生活をしていた頃の日記を発見。読むといくつかの記憶が良い方に書きかえられた。日記ってのが、どんだけ貴重かがよくわかった。

2012年6月16日土曜日

2012 四月のつぶやきから

4/1
どんな嘘が人をハッピーにするんだろう?

4/2
公演中に考え方のシステムを変えるのは至難の技だ。成功させたいという思いが、直感を閉ざす。でも…でも人間は一日で、一瞬で変わることができる。ばーんじーじやあーんぷ!

4/4
今回のシンビアン公演を全ステージ観て再確認した幾つかのこと。「漁師メソッド」は心的構えとして全ての技術に勝る。ウォーミングアップの重要性。自分のことばで建設的に思考することの効果。最後にまだ僕も言語化できない…あれ。あくまで演技に関したことはこの四つ。

4/6
役者って自分が本当に下手くそなんだって思えて初めて自分の望みや向上が見えるんだと思う。習慣的手段では臭いものに蓋&芳香剤で誤魔化すまで。 下手するとワークショップやレッスンを受けることさえも誤魔化しになりかねない。じゃあどうしたらいいかはたぶん本人は知ってる…考えれば判る。トライ!

僕は講師として受講する人の望み…好奇心や向上心に関わりたい。それ以外は…まあレッスン以外でなら付き合うこともあるかもしれないかな。。。

いつも「わたし」で…「わたし」を超えて…。

4/8
つまり、もともと俺が演技でやっていた…演技でしかしてなかった…ことを、人生のすべてでやれってことか。できるできないは後にして、それなら話は速いんだがなあ。

4/9
「パパを真似てる!」妻の声に気づくと倅が届かない手で腕組してる。我に気づくと自分が考え事しながら腕組してた。去年見かけた、前を走るパパそっくりにガニ股でよたよた自転車を漕ぐ幼女を思い出す。うーん、開き直れるか…俺?

4/12
いゃあ、ドラマや演劇より実人生の方が圧倒的にいろんなことを体験できると思うなぁ。役者として生きてる者の実感…。

まあ、売れっ子役者でないからかもしれませんけどーσ(^_^;)

4/13
何もしなくていい、ただいるだけでいい。と言われると人は途方に暮れる。いる…ということへの具体的プランがないからだ。今僕にはっきりしてることは、同じ磨くならすることよりもいることにエネルギーを使った方が圧倒的によいってこと。存在あっての行動…

4/15
日舞おさらい会無事に修了。一曲目は完全に振りをすっ飛ばすミスをしたのに以前までのように自分を叱らない俺がいることに驚く。二曲目は綺麗とか美しいと か芝居では滅多に頂かない感想に驚き。一番の驚きは倅が全演目大人しく観ていたこと。こいつ…嫌いじゃないな(^_^;)

4/16
アクション…演技も含む…は、すべて「実験」「お試し」「提案」なんだよ。すべて、すべて、すべて…。まずは、やってみることだな。

アトリエSYMBIONファーストシーズン第一回終了。いやあ、新しい…新しかったなあ。何より自分が全然新しかった。そして、当たり前のように…とても自然に目の前で奇跡が起きた。演技レッスンは楽しい。ある意味、本番を演じる…観るより楽しい。

4/17
役者がディレクターやマネージャーから望まれたことを語る顔はとても幸せそうには見えない…それがいくら的を射たものであっても。自分の望みを語る時はそ れがいくら漠然と曖昧なものであってもぞくぞくするくらい魅力的になる。良し悪しじゃなくそれは頻繁に観察される。両方の情報を巧く扱いたい。

倅の音楽教室を探す妻。ある大手のお教室に体験に行ったら最初から最後までCDかけてたって。そんなところはやめなさい!と言うまでもなく、妻が一言…あれなら私でもできる。w

たぶん、俺にもできる。

カスタネットやタンバリンだけでもいいから楽器の生音と表現豊かな先生の歌声、それだけでいいんだけどなあ。

4/21
力で押したらちょっとふえて返ってくる。抑圧に反発はひとつの真理なんだと思うんだけど、そういうこと学んだり考えたりしたことないのかなあ。

4/22
せがれが時折即興で歌いだす歌はエロ詩吟の様でもあり高僧のチャンティングのようでもあり。そして段々興に乗って踊りだすとそれはオールブラックスみたい で猛々しくなる。僕は必死で真似をするのだが、まだまだ僕の全ては追いつかない。あんな風に歌い踊りたい。僕は彼を「せがれ師匠」と呼んでいる。

4/24
長谷部と翼が並んだらやっぱり長谷部が大きくないといかんのかね?

おさらい会の自分の踊りをビデオで見た。訓練中の動きの観察眼を持って。俺はもっと大きく動けるなあ…特に脚。自覚はあったが客観的にみると「出来るのに やってない」様に見える。もちろん俺は俺の味方で言い訳は幾らでも言えるけど…でも、ぶっちゃけ俺は、出来るけどやってないこと沢山あるなあ…。

やっぱビデオで自分の動きを見るのはいいなあ。最近やっとなんとか見られるとこまできた。自分の大きさに驚かなくなってきたし。少しは動けてるから巨大な尻も肚も自分で許せる。このデカイ親父の子なら倅もデカくなる筈だわw。

4/26
測定したらヤバイ数値が出ちゃいそうだから測らないってのは、体調が明らかに悪いのに医師の診断を仰がないのと同じ心だろか。知らぬが仏とはいうがサイン は出てるんだから知らぬ訳じゃない。無視も騒ぎ立てるのも盲目的反応だ…現実を直視しながら反応を抑制し平静な心で行動する…。できるか?自分!

ここに越してきてヨカッたなとつくづく思う。それはここに来たら「安全」だからではなく…当然⁈…なんというか、「ここからならいざという時躊躇なくどこにでも行ける」という心が持てるからなんだと思った。そういう意味では不思議な「安心」がある。

で、本当にいざという時のためにせがれのパスポートを作った。フラッシュ怖がっちゃって近所の写真館で俺と妻と義父と写真屋のおじさんでそりゃもう大騒ぎw。泣きつくした顔を辛うじて一枚おさえた。かわいそうにな〜。

幼児のパスポートの名前は「母代筆」と但し書きしたり、誘拐の恐れなんかもあるから、ホンモノの親か確認されたり。最後の受け取り時は倅はご機嫌だったので泣きはらした写真と何度も見比べられたりw

自分はなんでRTをするんだろうって考えた。やっぱその理由はその都度違うなあ。RTは権利としてあるからRTする時の自分の心は自由でいたいなあ。もち ろんしない時も自由でいたい。なんにせよ今のツイッターは素晴らしいなあ。永遠はなかろうが今は本当に楽しく頼もしくためになる。たら~。

4/27
すごく見えてきたし、いい線いってるって思うんだけど、その度に先を見ながらまだまだ先は長いなと思うし、これまでを想いながら以前はどんだけひどかったんだ…とも思う。ちとナルシスティックかなw。でも、とにかく今は愉しいよ。Gへ。

4/29
大切だと思ってること、こだわってることも含めて、それ本当?本当に必要?と今一度自問してみる。いらんとなって手放そうとすると、不慣れからちと不安が過る。どんどん自分がか細く消え入りそうに感じる。…消えるならそれもよかろう鯉のぼり

だが、我が巨体は変わらず静かに…結構元気そうに…脈を打つw。

他者との差異を際立たせる…といったような意味での〈個性化〉にはうんざりする。

何気に買ってきた調味料やお菓子が続けざまok foodに載っていて、ちょっと株が上がったオイラ。

4/30
午前中は庭の草取り。猫の額ほどとは言え、自分が庭ってものを持つなんて…。幼児期の微かな記憶を頼りに、とにかく草を毟りながら庭に向き合う。この事実を受け取ろうとしてみる。

それにしても、この時期ってこんなに緑が綺麗で、あちこちに大小様々な花が咲いているんだなあ。仕事を言い訳にするわけじゃなく、本当にこんなに色鮮やかなゴールデンウイークは久しぶりだと感じる。もっと楽しもう。

すべては俺自身の問題で、すべては俺次第だ…

2012年6月10日日曜日

2012 三月のつぶやきから

3/1
せがれがバイキンマンを見ると「パパ!パパ!」と云う。

近所でやけにガイガーカウンターの音がするなあ...と思ったら、近くの工事現場でコンクリート打ちやってた。あれは水平器の音だったのね。まあ...数値が低くないのは承知しておりまする。。。(・_・)

3/3
あれっ?そういや、ここ数日新聞来てないよな。おっかしいな。。。と思って妻に言ったら、あんた自分で先月一杯で止めたんでしょ。・・・そうだった。

せがれが「ちょっと」ということばを覚えた。「かんかん!(みかん)」とか「んご!(いちご)」とか「ばー!(バナナ)」とか<要求>するだけじゃなく<交渉>が始まる・・・。いや〜参った。

3/4
演技論は要らないけれど、演技法は必要だと思うし、自分のそれは常にカイゼンしていきたいと思う。

自分の演技法がないと、誰か何か素晴らしいものに出会った時にあ〜い〜な〜で終わってしまう。真似をすることさえできない。的確に欲しい要素をとり入れることができる人は自覚のあるなし問わず自分の方法を持っているんだと思います。

3/5
新居の照明器具を見に行く。こだわる私に量販店員が一言「買って一度つけちゃうと天井の照明なんて滅多に見ないもんですよ」・・・この人は眠れない夜を経 験したことはないのだろうか?子供の頃ひたすら天井を見続けたことはないのだろうか?なんか気持ちが萎えて店と日を改めることにした。

3/6
ビジネスの世界ではノンバーバルコミュニケーションは許されないんだな〜。だから、俺はビジネスがあまり好きじゃないんだろうな〜。ベルリッツの広告を見てわかった。

「もうあなたは必要ない」と生徒に言われることが本当に教師の目指すところであるのなら、やはり教師は聖職であると言わざるを得ないな〜。

聖職を務めるために聖人である必要はもちろんないと思う。

もう、この家に住むのも残すところ一週間か・・・。

新居の呼び名を考える。19で一人暮らしを始めてから住んだ場所...犬熊荘、田中屋、玄米亭、欅館、そして今住んでる...すいきん亭。別に特別な意図 はない。ただ楽しいから名付けてきた。因みに死ぬ時住むところの名は決めてる、苦楽智庵...クラちゃん。お後がよろしいようで。m(_ _)m

3/7
独身の頃の名残りは、白い(もう白くもない)カラーボックスひとつだけになった。細胞もすっかり入れ替わっているんだろうね。でも、記憶が残っているのが面白いよな。・・・けど記憶への反応は全然違うんだよな。

3/9
自分家の照明器具は業者につけさせておいて、自分はお師匠さん家の蛍光灯を面白がって取り替えている俺…。

ダンボールに「パパ」と書いてあると一瞬誰のことだ!?って思う。すぐに「あーオレの荷物か」とわかるが・・・。呼び馴れはしだしたが、文字ではまだ入ってこない。

3/10
七年前の引っ越し時には捨てられなかったものが今は捨てられるなあ。

天袋にしまい込まれた過去の出演作資料...ダンボール三つ...意外にもかなりの平常心で取捨選択しダンボール半分位に。残った殆どが公演日誌や役作り ノート。日誌は痛々しいものばかりw。でも、役作りって俺こんなに一所懸命やってたんだ。アニマルアプローチなんかとっても熱心で楽しそうだ。

今はなき演劇小屋の照明装置の作り方のメモまで出てきた。秋葉で買ってきた電球を大きめの空き缶にはめ込み、それを番線で柱に括り付ける。そもそも小屋も電気も不法。地べたに転がって毎日腹筋やってw。今でも「僕は学生演劇あがりでね」って自己紹介して嬉しくなっちゃうのはあの時空間のお陰だな。

僕にはずっとずっと長い間<エンゲキの女神様>と読んでいる「後ろの人」がいたのですが、どうやらその人はいつの間にかいなくなっていることにさっき気が つきました。僕からサヨナラした記憶はないのですが・・・。で、どうやら「後ろの人」は男性に変わってるような気がします。けど身元は不明です。

3/12
団地の掃除のおじさんとおばさんに煎餅持ってご挨拶。「なに 一戸建て?」みんなそう言うのね…違います(^_^;)いつもキレイに掃除して気持ちよく挨拶してくれてありがとうございました。m(_ _)m

倅がエアコンのリモコンをどこかに隠した!「ピッピどこ?」と聞いても答えない。つうか、そこまでの会話はまだ出来ない。過去にもテレビのリモコンが行方不明のままだ。リモコンないとエアコン外せないよなー。やばい、本気で探さないと。。。

リモコンありました。家中探すもゴミとダンボールのなか見つからず。当然のこと夫婦喧嘩となり「あんた双子みたいに似てるんだから隠しそうなところ考えて みなさいよ!」と云われ真剣に考えてもしや!?と思いついたのがコンセントも入れず使っていないVHSデッキのテープ入れるとこ。

信じられません。歯ブラシシュッポ君も一緒に救出しました。妻もたいそう驚き「あなたがいなかったら私には見つけられなかった」と褒められました。約二時間のロス。。。つうか、マジで疲れた。

3/15
つうか、お心を配って頂いた方々に報告をしなくてはいけません。昨日晴天下無事に我家の引越しが済みました。VHS事件の後倅が高熱を発しまたもえらい騒 ぎだったんですが当日は快復。心配してた冷蔵庫も引越し屋さんのプロの技であっさりと玄関から搬入。私晴れて葛飾区民から越谷市民になりました。

僕の使う路線は東武スカイツリーラインという名前になるそうです。伊勢崎線や日光線の名前は残るそうですが、私鉄で日本一長い伊勢崎線ではなくなるのでしょうか?だとしたら、そのプライドを捨ててまでの名称変更なんだろうな。

せがれは今日かなり落ち着きがなかったらしい。私たち大人でさえ、この環境の変化への調整は当然できていない。彼は一年十ヶ月暮した部屋から転じて、この 新しい環境をどんだけ強い刺激として受け取ってるんだろう。しばらくは毎日クタクタだろうな〜。でも…結局は俺より順応が早いんじゃないかな。

3/17
夫妻一歳の男子と全く同じ家族構成で、ほぼ同時期に同じ引越し屋で転居したわが家と知人家族。彼らはダンボール150個、わが家はダンボール50個だっ た。転居前に住んでた家は確かにうちの方が狭いけど…この100個の差は何の差だろう?まあ、たぶんどっちも平均的ではないと思うけどね…。

3/20
今度のiPadは3…スリーとは言わずに新iPadと言ってるところがミソだな。ウルトラマンも仮面ライダーも三つ目は知恵をしぼっていたものな〜。

あの頃と違うのは、この次もその次もある上でのこれなんでしょ…ってこっち側が思っちゃってるところ。ある意味プロレス的で、それもまた好し…かな。…純粋でなくてさみしいって視点もあるかな。

誰か新たな好きな人が出来なかったら、それまで付き合っていた人と別れられない…って、よく考えたらそんなことないよな〜。もういいから別れる、そんでいいはずなんだけど、時折それができないことがある。

今日初めて「切腹」をいたしました。天気も良くて、鳥のさえずりが聞こえるなか、裃の白装束にて…。もちろんドラマの話ですが、このタイミングでこの演技…。なんともうしますか、有難い巡り合わせ。目出度く「再生」の機会となりますよう(^人^)

3/21
今朝は目黒へ。今日はテストだ。越谷辺り、東武線の車窓から広い墓地が見渡せる。どこも綺麗な仏花が飾ってあってはなやかだ。墓参りできない人もいるだろうけど、思い出してあげるだけでいいのよ…とあるお方が仰ってたっけ。

交通事故で亡くなった女優の友達。二人でシーン稽古したなあ。彼女はアキ・カウリスマキの何かをやりたがってたんだけど、僕がフェリーニの道をやりたがって…。僕のザンパノは酷いもんだったけど、彼女はそのまんまジェルソミーナだった。合掌。

3/22
実際の現場で使えるための術を教えてきたけれど、いざ台本貰って公演だ役だ本番だってなると違うことをし始める。まあ役者ってそういうもの。寛容に見守る、稽古に付き添う。

3/24
今日は妻が用事で倅と一日留守番。倅がねだるし走り回られるより仕事し易いからずっとおんぶしてた。12㎏あるから軽くはないけど、おんぶしながらの家事 は好い練習になった。でも…明日撮影だからおんぶしながら台詞の稽古もしたんだけど、マジな台詞言う度に倅は声あげて笑うんだ…凹むわ(;_;)

3/25
長崎から取り寄せてる「炒り子」は杉戸の「鶴牧煎餅」と並んで倅の二大好物おやつ。長崎ご出身の歯医者さんに教えて貰ってから大のお気に入り。ちなみに煎 餅は「えmべ、えmべ」と言うが、炒り子は「ん~こ、ん~こ」と言う。家にいる時はいいが、他人様の前で炒り子をねだられるとちと恥ずかしい…。

3/27
なんでリチャード・ギアがフランスなんだ?バリバリアメリカだし、アイリッシュ系だし…。ジェラール・ドパルデューなら判る。

リチャード・ギアが日本大好きなのは判るけど、だったら本当に寅さんやらせてやればいい。

ムッシュなら日本にもいるよね…。ミュージシャンとか、元阪神の…とかw

つうか、これテレビコマーシャルもあるんだろうなきっと。車内吊りで俺にこんだけ呟かせたんだ。一本飲んでみっか…。

ジャン・レノはドラえもんやってるから競合でNG。

ドラえもんと寅さんは競合しないか?

やっぱり、元阪神監督の吉田義男さんが「ムッシュはつらいよ」って寅さんになるのが一番面白い。元フランス野球の監督だしね。

マーケティングがわかってない?おじさんだってオレンジジュース飲むんだぞ!

3/28
七年前のすっ天天を見てシンビアンに来てくれた人が今回大役を背負ってたり、七年前新人だった人が今回も同じ役で今度はカンパニーを牽引してたり、当時は 中学生だった二十歳位の若手も沢山いたり、二チーム四十人超えるキャストを前に、なんつうかシンビアンの大河なドラマを想います。

一日に何度も「太りました?」と「痩せました?」を同じくらい言われる。でも答えは同じ「どうかな、測ってないんで…」

昨日若手俳優にしたアドバイスを、自分の今向き合う問題に当てはめてみる。なるほど明解だ、とってもよくわかる。しかし、実際にやるとなったら…うむむ、やっぱり言うは易しだな(^^;;

3/29
色気とエロ気って違いがあると思います。解釈はそれぞれでしょうが、僕の意味するところでは、僕はどちらも好きです。

ある意味…あくまでも僕個人の視点ですが…今日のユースの初日は、十年に渡るシンビアンの歴史の中で最高の舞台だったかもしれません。数人を除き殆どが初シンビアン公演、初舞台も三人とか…。これぞシンビアンのあるべき姿かなと…嬉しい夜でした。

3/30
一時中断してたスカイプでのセッションも再開します。稽古中本番中不問、声、役作り、各種メソッド、緊張対策、オーディション対策、オフ期間を創造的に過ごす方法など演技に関するあらゆる望みに応じます。俳優修業のお供に。秘密厳守、諸条件応相談。

お客様が帽子をとってお礼を言って帰っていく…。いやー、ユースは本当に綺麗な芝居になった。外連を一切排除した芝居が成功しているのを見て、マンガ演技 含め価値が多様化してる今この時代に、自分はこれからどんな演技を選んでいくのかを想う。…もちろん趣味の話じゃなくて、「つとめ」として。

3/31
教えることで上手くなるとはいいませんが、教えることをやめたら僕の演技はみるみるうちに退化することでしょう。僕はそういうタイプの役者です。ちなみに、年中面倒を見ている一番の生徒さんは…自分です。

2012年3月5日月曜日

2012、二月のつぶやきから

2/1
ベテランぶるのを嫌うあまりに初心者ぶる自分がちっとばかしいたなあ。嫌いなことの反対をやろうとするのは危険だなあ。結局ぶってるだけだから、同じところにいるってことだもんなあ。

2/3
鬼は外、福は内。本当は一つなんだぞ!と説明したけど、最近の炒り豆は美味しく出来てるんだなあ、ほっとくと袋全部食べそうな勢いだったからさすがに、また明日ねと途中で止めさせた。確実に中年のオジサン分くらいは食べたな...うちの子。ホントよく食べるんだ。

2/5
手続きすべて済み、新居の鍵が私らのものとなる。前の方が信じられないくらいにきれいに使ってらした様子がそこここから感じられる。今より広いリビングで倅が楽しそうに走り回ったり高足ハイハイをしている様子を見て転居を決めて良かったなぁと思った。

2/7
僕の月曜クラスでは「これは見世物になるか」という視点は意識的に排除している。意図の全ては役者の創造性のモーターが順調に回ることに向けられる。何が望みでも何が好みでもいいけど、その始まりは役者の好奇心以外今の僕には考えられない。

「しなくてもよい」を採用する人は思いのほか多いようだ。わけもなく忙しいこの時代もあるんだろうな〜。

無気力だって、「しなければならない」が生み出していると言えなくもない。実はとってもシンプルな望みが、たーあっくさんのものに覆い隠されちまってんだ。

2/8
最近殊に自分はたくさんのサポートを受けているなあと感じる。実際にサポートしてくれる人がふえたことも確かだが、何よりも自分がサポートを受け取るようになったことが大きいと思う。いずれにせよ、感謝したい。

「生か死か」の二者択一ではなく、「生も死も」の二者両取りっていうのもあるんじゃないかなぁ。そんで...じゃあ「生でもない死でもない」ってのは最悪だよなって視点もあるけど、僕はそれもありって思わなくもない。

2/10
友人の依頼で或る私塾の代講。初対面の若い役者さん達と終日演技レッスン。結局台本を使ったり台詞を云ってもらったりはしなかったけど、みんなとっても熱 心に興味を持ってついてきてくれた。シンビアンとはまた違う魅力を持った役者さん達とレッスンをして新たに思うところが多かった。

2/14
モチはモチ屋。…クラモチはクラモチ屋。

凡ゆる学問をおさめ無知は損だぞという人が、泳げないというだけで命を落とす話。

酒に酔った若者がボートを漕いで海に出ようとするが、いくら漕いでも進まない。疲れ果て爆睡の後、朝日で目覚めた彼はボートが杭に縛られたままだったことに気づく。

昔京都の瞑想センターで聞いた講話のうち、いまだにずっと覚えてる二話。

2/16
アイロンがかかっているかどうかではなくて、アイロンをかけるっていう行為をしたかどうか、そしてそれをどんな心持ちでしたか。そういう表現者になりとうございます。

どうやら僕は交友関係が広く、いろんな人脈を持っている人だと思われているらしい(...笑っているのは誰だ!?)。できるなら、そんな期待に添える人物になりたいものだ。

2/18
失敗しちゃえる人、絶対しない人、しない方法を説く人、してもいいんだよっていう人、その意味を問う人、逆に成功に目を向ける人…うーん、そのどれでもなくて、ただ「失敗したくないなぁ」って素直に言える人になりたいな〜。

2/19
うちの子は逃げ足が速い。妻に言ったら「そりゃあたしだ。あたしも逃げ足は速かった」…。

オレは逃げ足は速くない。そこで進化したのが嗅覚だ。…君子危うきに近寄らず。基本的に恐がりです。m(_ _)m

2/21
終日ドラマの撮影でした。終電前で帰れて良かったです。風呂に入って今やっと一息。数日前からすごく疲れている自覚がありますがわりかし上手に自分を操縦できてると思います。何より飲酒の習慣をなくして本当に好かったと、こうやって疲れてる時は特に思います。

2/22
好き嫌いの激しさは自分でも認める。ただ、僕の場合はそのモノコト自体が嫌いなのではなく、今じゃね〜だろ!とかこの場所でそれ出すかよ!みたいなタイミングっつうか、その間の悪さに対して嫌うことが九割がたなんじゃないかなって思った。

だから、好き嫌いの反応を盲目的かつ自動的にするのでなく、できるだけ一間おいて…ちょっと寝かせてからするのは、僕の安全を守り可能性を護るために必要なことなんだな〜と思う。

2/25
今さらですが、わたしは辰年の女性に非常に御縁があります。今年年女のみなさまどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m。ちなみにわたしは巳年、似た感じですがサイズが違います…。

2/27
この地球にいるかぎりいろんなことがプラマイ0になるという「正負の法則」は生きるための素晴らしい知恵だと思う。特に、図らずも運命のいたずらで負を負った人には心の支えとなるだろう。

ただもし賢明にも、自ら望んで選んで負を重ねようとするのなら、エネルギーがダウンしないやり方もあるはず。好奇心と喜びだけで正も負も重ねる...あると思います。

とにかく箱に詰めてダンボールが増えていくことが喜びの妻。本番直前にダンボールに詰め込めるように不要品処理ばかりする俺。結構大切なものをゴミ袋に放 り投げたり、知らぬ間にダンボールの中にバナナの皮を入れたり、挙げ句にダンボールの山をアスレチックにして遊ぶ倅。引越しも楽しまねばね。

2/28
微香または無臭の柔軟剤ってのもあるんだろうなあ。最近のは海外のだけでなく日本のもなんだか匂いがきつくて、少しお下品な感じがします。そもそも柔軟剤なんて使わなくても・・・とか言うと妻とひと揉めしそうでそこは我慢しています。

2012年2月3日金曜日

2012、一月のつぶやきから

1/7
ease(英語、特に名詞として)って好いことばだなあ。今の自分にピタッとくる。じ〜んとしみてくる。しばらくマイ・テーマにしよう!

1/8
「…したい」と思ったことやそう思って始めたことは、自分にそれをする能力があるかとか資格があるかとかを考えて不安になったことはこれまで一度もない。 さすればそのことをする能力や資格を疑う自分がいたら、それは本当は「…したい」ことではないのではないだろうか。なんて思う。

私の場合、自分が発信することを一番聞かせたい相手は自分です。だから他人様の発信もまずこの人はこれを自分自身に聞かせたいのだろう…と思います。その上で、わたしが受け取りたいことがあれば有難く頂戴します。…ちなみに、この発信もそうです。

今日は春に転居する先のリフォームについて協力してくれる叔父さんを訪ね色々話を聞く。自分が無知な世界の話でも前向きに誠実にそして気楽に思考行動していこう。これは自分が経験すべくしてしていること。出来るだけ楽しんでいこう。ましてや自分がこれから生活する家のことだもんね。

1/11
やんちゃが始まった間もなく一歳八ヶ月の倅。普段倅に甘めの妻。だんだん様子を見て俺と妻と態度を変えてくる倅。ちょっと舐められ出した感じの妻。なかなか寝ない上にコップの水をこぼした倅。珍しくブチ切れた妻。面白がってる俺。妻の本気にあっという間に眠りについた倅。こいつは世渡り上手か?

条件のない愛...あれ?そもそも条件がないから愛と言えるんだよな。

1/12
「私がやりたいことをする」つまるところこれなんだなあ。制限はあっていい、あったほうが面白い?でもその制限のなかであくまで私がやりたいことをする。 人の望み?応えたいなら応える。でもそれはあくまでも「私がしたいことだからする」んだよ。私の人生の主役を私以外にしては駄目だ、絶対に。

1/15
安納いも蒸かしておやつ。甘くて美味い。金運上がりそうな色もまた好し。

1/16
今では一生懸命は間違いでないどころか一所懸命が誤りのように思われることさえある。個人的な印象としては一生懸命は気分的で雰囲気でしかなく自己陶酔的だ。一所懸命は具体的で対象が明確かつ行動的な印象を持つ。だから僕は一所懸命が好きだ。正誤を問うと了見が狭まる、創造的に好みに向かう。

1/17
朝日ジュニアシリーズ「週刊マンガ世界の偉人」にはエジソン、ヘレンケラーらと並んでMJやジョブズまで入ってる。ジョブズは喪もあけてないのに早くないか?なんて俺は思ってしまうのだが…。

1/18
今朝また暴走自転車のヒヤリハットを目撃した。しかもまたヘッドホン♪認知判断操作の認知を鈍らすヘッドホンは飲酒運転と同等に危険だ。国がやらないなら条令からでもいいヘッドホン自転車運転禁止を期待する。

1/19
初めてiPhoneで音楽を聞きました。何だか音の感じがおかしいけどフルボリュームにしたら妙にリアルな感じでさすがAppleと思ってました。で、あれっ!?と思ったらヘッドホンジャックが外れてました。本日昼頃駒込辺り、山手線車中でシナトラをガンガン♪鳴らしてたのは私ですm(_ _)m

思わずクビをすくめてペコペコして「スミマセン」って言ったけど、誰も、一瞥もくれなかった。頬筋ピクリともしなかった。・・・やっぱ東京ってコワい。。。

1/20
払った分だけ取り返すって考え方はしないなあ。・・・払うか払わないかは相当吟味して考えるけど。払ったら後は出来るだけ自分の心は自由でいたいなあ。・・・もちろんお金の話です。

1/21
「携帯なんて使えれば何でもいい」とこれまで本当に壊れるまで使い倒してきた妻が僕のiPhoneを見て「これイイわね。私も欲しいなあ」だって!あまりイメージできないかもしれませんが、妻のこの発言は僕にとって本当に驚きです。こういう奇跡が起こる日常が僕は好きです。やっぱジョブズ凄い!?

1/22
好きに理由はない/嫌いに謂れはあるだろう/信じるに訳は要る?/不信に理由は必要だよな/嫌悪も不 信もきっと事情があってのこと/ってことは元々はそうではなかったってこと?/どうでもよかったってことも含めて/で不思議なのは人って好きや信じる訳を 言う/だけじゃなくそうだと決めたりする/

iPhoneになると、携帯メールは「メッセージ」という扱いになるんだなあ。いずれにしても、スマホでのメールは文章が極端に簡素化される。一見素っ気なく、でも的確に要点を備えたメールに憧れていたわたしはスマホの打ち込み辛さはそう云う意味で好い練習になる。

Don't think, just touch her!

1/24
今日は仕事で裃を着ています。妻に写メを送りました。せがれに見せたら、パパ!って言ったよってメールが帰って来ました。なんだか嬉しかったです。

1/25
天然酵母の食パン。昨日届いたやつ今朝頂く。美味しい。味と薫りが子どもの頃を思いださせる。感覚の記憶って偉大。

ギャラなんかどうでもいいから、自分はこの役で…この仕事でめっちゃ試したいことがあってワクワクしてる。そしてこの役を演じ終えた時に、自分は絶対に以前より成長してる。自らの成長に専心したら緊張や他人の目は消えるよ。そんで時折厳しいけど面白くて 楽しくて仕方がない本当の探究が始まるんだ。

1/26
この道のり(やり方)で行けばいつかはあそこまで必ず到達できるなっていう確信は、でも到達までどんだけかかるかわかんないっていう不安を凌ぐ。目標に向けて全体像が掴めなかったり、初体験だったり、情報が少なかったりする時は信じられるやり方で進むのが結局ははやい。っつうか楽しく前進できる。

で、大体が自分の外に信じられるやり方を探すんだけど、実はそれは自分の中にすでにある。…でも、それが信じられなくてもっといいやり方があるんじゃないかって外に探しに行っちゃう。…信じればすべてすでにある。おじさんやっとこさ実感し始めました。

1/27
麦とホップ間違い探し...仲間さんがボブになってるとか、ペロッと舌を出してるとか、酔っ払っちゃってほっぺた赤くなっちゃってるとか...やってくれないかなぁ

「教えることが好きです」そう言うと、俗にいう<教えたがり>のイメージや<お前に一体何が教えられるんだ⁈>っていう邪気が立ちこめる。僕にとって教えるってそういう行為じゃあないんだけど、でも今は「教える」ってことばしかしっくりくるものがないんだ。

1/28
ひと月ぶりに家族で整体。学び多き有意義な時間。子どもに厳しくすること、すなわち親が自分を厳しく律すること。整体師の先生のお言葉に納得。子どもに伝わる情報っていうのは、言語じゃなくて行為そのものなんだろうな。

1/29
今日のジャグリングWSを振り返る。なぜ球を投げ続けることをやめてしまうのか。あれは成功してしまうことへの恐れだと自覚する。未知の領域に行けるのに行くのを自ら止める。特に左腕がビビりだす。そして右腕が頑張る。

ただ続ける回数を増やすことを望むと無意識に「いつもの体勢に入る」。左脚を引いて重心を置き右半身が前に出る半身となる。それに気づいて意識的に右脚を引き逆の半身になると全てが新し過ぎて自分が機能しない。

そして調子が出てきた頃に生まれるのが胸椎での頑張り。要は胸を張りオラ!オラ!と自分の幅を広げ過 ぎてしまう。大劇場演技の癖?は一つの解釈。共生共鳴を望んでいるのに、森の中で一本だけ巨大化した大木なんて。根本には自分への不信感か?呼吸と共に頭 を含めた私全体を取り戻す。体調い心鎮まる。

最後に3時間半共に頑張った参加者の前で最高記録のパフォーマンスを得る。ちっぽけではあるが確かな自分への信頼、そしてその場への信頼が球を投げ続けさせた。いつまでも出来そうな気もしたけど、皆がワッと沸いてくれた時に一気に満足感を得て自分で球を収めた。成功を怖れる収め方とは全く違った。

信頼があり、抑制を利かせながら、すべき行いを成したら、結果的に人が喜んでくれた。僕の思うところの理想的なパフォーマンスの過程です。素晴らしい学びでした。ジャグリングとハッシーとまゆみちゃんと参加者の皆さんに感謝!

1/30
今朝起きてせがれにジャグリング見せたら絶叫して喜んでくれました...何よりです。本で読んだらあれはカスケードっていう技なんだなあ。

土曜日の整体と日曜日のジャグリングを経て、いつもの体操を全面的に変えたくなった。そもそもメニューなんてものはあってないようなものだけど、何だろう、新たなねらいが見えてきたってことかな。妻がやってるおっぱい体操はとても参考になる。

「お父さんが妊娠したら、絶対におっぱいトラブルになりますね」って整体師の先生に言われた私。どう返答してよいか悩みましたが仕方ないから「すでに妊娠してます」ってお腹さするしかできませんでした。でも男性の乳がんもあり得ることを学びました。

昨日のハッシーのリードで一番凄いのは、初めは投げた玉を取らずに落とさせたこと。本当に取りたくなったら取ってって言ってくれたこと。則ち「落としてはいけない、取らなくてはいけない」が無くなり、私達の心にスペースが出来る。そのスペースに「取りたい」って望みが流れ込んだんだ。

「しなければならない」を無くし、「したい」にすることでパフォーマンスの向上を図るのはわかる。でも、「しなければならない」が強い時は、「しなくてよ い」とハッキリ告げられること、「しない」と決めてしないことを実行してみることは、とっても意味があるプロセスだと思った。

マラソンやり始めた時に決めたことがある。「走りたくなるまでは決して走らず歩きつづける」…このルールは走り込みの時期にも大会でも採用し続けた。マラソンで望む結果が得られたのは、このルールのお陰だと思っています。昨日もあのルールを自分に用いたことで当初の目標を達成できたと思っています。

1/31
レッスンしている時の僕は比較的、男には優しく女には厳しいような気がする。
突然自分が「ぼっすぃ」になる。もちろんそういう自分に気づいているし、本当に大切なことを伝える時だと自覚している。でも、「ぼっすぃ」になってる自分を非難するもう一人の自分が見える。

よく考えるとレッスンに限ったことではないかもしれない。それは相手がそうされるのを求めてるんだって考え方もあるけど好かない。やっぱりそんな自分と関わりを続けてくれる方々に感謝したい…そういうことなんだな〜。

一月が終わった。元旦には考えもしなかったこと、そして嬉しくもドキドキすることが既に幾つか起こった。あ〜、でもどっかで心の底で望んでいたことなんだろうかなあ。で、31日になんつうか一段ステージの高いアクションも起きた。二月どうなるんだ?春には?今年俺はどうなるんだ?全然読めないー!

2012年1月14日土曜日

12月のつぶやきから

12/1
家を出るとき、寝相の悪いうちの子が、布団からはみ出さずに音無しく寝ていた。たぶん今朝はそれだけ寒いのだろう。

俺のおばあちゃん。今日12月1日は九十九歳の誕生日。大正元年生まれです。皆で白寿のお祝いをしました。

フォロワーの皆さんからの、祖母へのたくさんのお祝いのお言葉ありがとうございます。何千人と赤子を取り上げたお産婆さんで八十まで現役でした。結婚前妻 に「カズシロは稼ぎは無いけど気持ちだけはやさしい子だから見捨てないでね」と言ってくれた有難いお方です。妻曰く「あれには参った」そうです。

12/2
近所の小さな交差点。横断歩道の向こうから傘をさした小学生の大群。あれよあれよという間にのみ込ま れ身動きがとれない。傘の海に腰まで浸かったまましばらく立ち往生。何とか渡りきり安堵してたら、一部始終見てたらしき見送りのお母さんが…スミマセン。 ん…ちょっと美人♪雨の朝。

12/3
やっと予約が取れた倅の整体の先生。はいはいや歩きを見て貰い優等生だとお褒めの言葉を貰う。それでも幾つか課題はあって、それが見事に親の状態と重なっ てる。子どもをケアしたいなら親が自分をケアすること。理屈はATと同じだ。幸運にも僕も見て貰って頸椎一番と五番を治す。もの凄く具合がいい。

12/4
帰宅するとせがれが野原しんのすけ化している。半ケツちんちんブラブラ...。俺は爆笑。妻は深刻な顔。それくらいなんだ!?(^o^)

12/5
九十歳でバリバリの新車に乗り替える。僕の夢のひとつです。

12/9
親は子どもが遊んでいるより勉強しているほうがうれしい?僕の知人は算数や英語をやる近所の幼稚園を冗談じゃない!といい、少し遠いけど一日中遊ばせている幼稚園に子どもを預ける。僕も同感である。

12/10
マーラーの理論の再接近期。うちの子はまさにここの時期。勉強すればするほど、この時期の重要性を思い知る。そして自分も振り返る…いや、覚えちゃいないけどさσ(^_^;)

自然な演技をしたいならすべてのアクションを自発的にすることです。それが俳優がそこで生きているってことだと思います。アイデアの元は誰でもいいので す。でもそれを自発的にアクションしなければそれはデッドしたやつ、デッドさせられたやつです。自分の主導権を誰かに渡したら絶対ダメです。

12/11
今日、「内発的」「外発的」ということばを覚えました。「自発的」とかより使い勝手が好い感じがします。

12/12
結婚して丸七年経ちました。今日は八回目の結婚記念日です。昼間は撮影でしたが、外した結婚指輪をうっかり衣装のポケットに入れたままにしてしまったこと を帰路で思いだし現場に戻りました。妻はこの日にがっつり風邪で寝込んでいます...が、お祝いの出前寿司はぺろっと平らげました。

12/14
諸行無常が大自然の真理です。ですから昨日の演技をするどころか、さっきの演技を繰り返そうとすることは、そう思った時点ですでに自然に逆らっていることで、自然な演技にはなるはずはないと思います。僕は死ぬほどやっているのでこれだけは確信を持って言えます。(涙)

本日は討ち入の日。8時からの今夜はヒストリーに吉良側の用心棒小林平八郎役ほかで出演いたします。づらカズをお楽しみください。

みんながアトリエ公演の仕込みをしている間にデニーズで最近の教育事情のレポート作成。結構はかどった。

12/16
アトリエ公演稽古は久しぶりにBONSAIブラザーズ三人雁首揃えての芝居づくり。菊池さんの作家力、たんじさんの演出力が確実に進化してるのを実感。 やってりゃそれは当然?でも進化ってなかなかできないよね。そういうとこにいることが嬉しくて、僕は僕でひたすら「細部の指導」にのみ専心する。

いいかい!この世には成功とか失敗とかは存在しないんだよ。結果が出た時にそこにあるのは新しい情報と未来への可能性…あるのはこれだよ。

12/19
よく「天才を育てた親」って言い方をするけど、それは違って「天才のままでいさせた親」って言うほうが的確な表現なのではないかな。いわゆる<無為>ってこと...。親として、難しいアクション...だなあと思います。

12/21
今年を素晴らしい一年だったと振り返ることはやっぱり不謹慎でしょうか。

「まだ頂上じゃない」ってイライラしながら登山をするような生き方はもうしません。だいたい、そもそも頂上は「死」…ですから。

だからといって登山をやめるようなことはしません。っていうか、やめようにもやめられない登山ですから。

やっぱり登山っていいなあ…と。擬似的に何度も「死」を体験できるし、「登山」の楽しみかたを探究できる。

来年に引っ越す方角は家族全員にとって吉方位だそうです。お世話になっている先達さんに見てもらい、御札も頂いてきました。良かったです。

12/22
生徒さんが受けとったものそれが先生であるわたしが教えたことです。教えたつもりはなくともあなたから学んだと云われたら仕方ありません。逆に、教えたつ もりでも生徒さんが受けとっていなければそれは教えたことにはなりません。教育と云うコミュニケーションの難しく面白いところです。

ただ、もうひとつ。生徒さんが自分で認識していなくても受けとっているものがあったりすることがあります。いずれ気づいて認識したり、認識しないまま独特な展開をしたりもしたりして...。教育の摩訶不思議な魅惑的なところかもしれません。

で、教育の一番面白いところは教えながらほぼ同時に先生も生徒さんから学んでいるというところです。まさしくインターレッスンです。ぶっちゃけ先生が自身 で認識してない学びもたくさんあると思います。先生が役者と同じく、三日やったらやめられない...と云われるのはそのためかもしれません。

←んなことは誰も云ってません?!...アトリエSYMBION年間クラスは六年続いて今年度で閉幕です。これまで受講してくれたみなさん!もしわたしが 今後いい役者やいい教師になってたら「あいつはオレが育てたんだ」とぜひ自慢してください。それは事実です。...そうなるよう..精進しますw

12/24
「山田まちこコーチ高そうな毛皮」って、カミサン見てるのそこかい!?

12/25
自分の軸を取り戻そうと訓練中の役者はその新しい自分の扱い方に慣れないため一時期味気のない演技になる傾向がある。その時に何も知らない連中から面白くないとカラフルな演技を要求され折角の改革が台無しになることはしばしばあることだ。自分への信頼は改革には必須だ。

辛い思いをしなくては、自らを苦しみに追い込まなければ向上はあり得ないっていうのは先輩方が自らの過去を肯定する為に言ってるのが殆どだ。自己肯定は悪いことではないけど、大切なのはあなたには楽しみながら向上するっていう選択肢もあるってこと。自分の望む方法を選んで欲しい。

いやぁ真央ちゃん素晴らしい。久しぶりにあの域の演技を見させてもらった。あの意識状態に行ったらジャンプどうこうじゃなくなるし、何が起きてもクリアな意識でいられる。そして見る者は吸い込まれる。滑り出しだけで感動したよ。

12/26
上手な演技とか下手な演技とかにこだわりたいなら、それは上手なやり方か下手なやり方かを検証する必要があります。上手くなりたいと云いつつ変われない人は大抵がこれまでの自分の「やり方」を振り返ったり、それを変えようとしたりしません。多分そうするとこれまでを否定する気がするのでしょう。

12/27
自分の「やり方」を振り返ったり変えたりしない人が向上を望んでするのは、その「やり方」のまま分量を増やそうとすることです。「自分はまだ足りない」という発想になります。結果は悪化するか変わらずともひどく疲労します。・・・これは実体験です。

野村監督は一言でバッサリです。「考え方を変えずに技術の向上はありえない」

玄関、風呂、トイレ、車、窓、テレビの裏、冷蔵庫の掃除完了。松飾りも用意した。台所はカミサンに任せる。明日は氏神様にお札を返して新しいのを頂いてこよう。二尺の牛蒡締めはなかなかないんだけど手に入れることができたぞ。

12/31
ちょうど十年前、2001年の大晦日に妻と出会いました。たまたま行った先輩宅の年越し飲み会にたまたま来ていた妻と会ったわけです。彼女はその日仏旅行 から帰国したばかりでした。その年の秋が9.11でしたからそういう中でもビュンビュン海外に遊びに行くような人です。皆様もよい出会いを!

2011年12月30日金曜日

いつもこれの繰り返しだ

このまま前に進めばそれは獲得できる

すでに挑戦を済まし、勝利を獲得し
自分にはその資格と価値があることも証明されている

その時まで、ほんの少しだけ時間があって
あといくつかの手順を踏めばそれは獲得できる

で、ここにきて起こる不安・・・

前進をのぞみ
成長をのぞみ
発展をのぞみ
幸せをのぞんでいるのに

そこに到達する直前に現れるおそれ

誰かが云ってた
人は不幸せになることより
幸せになってしまうことのほうが怖いんだって

受けとればいい
受けとるだけでいい

変化は自然に起きている
変化は自然なことだ
その流れに乗っていればいい
いや、逆らわないだけでいい
拒まなければそれでいい

これまでだって
全部うまくいってたじゃないか
俺がビビらなきゃ
なんにも問題なかったじゃないか
みんな当たり前だと思っていたじゃないか

誰も俺を試してなんかいない
そうなる・・・
そうなることは誰のものでもない
ただ俺がそうなる・・・
それは誰も傷つけない
そうなる・・・
それだけなんだよ