最近時折せがれのおもちゃのミニピアノを弾くようになりました
いつも即興で
でもなんらかのメロディーがあって
しかも両手で
たまに、おっ!これ結構好くないか?
なんて思う曲も出来てくるのですが
もう二度と弾けません
すこしこころが動きます
・・・これを残しておきたい
昔の僕だったら残そうとしたり
曲を形作ろうとしたりしたかもしれません
でもそれは今の僕はしません
そんなことをしたら
今度また気まぐれに弾く曲が
つまらなくなってしまいそうだから
いつも新しい・・・
それは僕の最大の興味あるテーマです
舞台演技なんていう
何度も何度も同じことを言ったりしたりするのが仕事だからでしょうか
それをいつもいつも新しいことにするのが
この仕事の一番面白いところです
残そうとすること
繰り返そうとすること
なぞろうとすること
それはもう新しくなくて
物騒な言い方ですけど
それはもう僕にとっては<死>と同じです
「初心」ってことばがありますが
僕はこれを今この瞬間の自分の心遣いの理想としています
過去の「初心」に戻るのではなく
いつも「初心」でありたい
いつも新しいことにしたいのです
もちろん僕の弾くピアノは
結局はどっかで聞いたことのあるようなメロディーになります
でもそれは何かを
なぞったり、繰り返したりしたものではありません
だからその時の僕は創造性のなかにいて
楽しくワクワクしながら遊んでいられます
いつか自分が弾いていたものと同じ曲を
いつか自然と再び弾きはじめるかもしれません
そのときはそれが自然に残るものになる時でしょうか・・・
だとしても
それは決して僕が残したものではないし
そもそも僕のものでもないのだと思います
Who is KAZU?
- KazuhiroKuramochi
- ボイススタイリスト 。通称・うごき先生&ムッシュ倉持。アレクサンダーテクニーク教師。俳優として美輪明宏演出舞台に18年レギュラー出演。日本アレクサンダーテクニーク協会会員。ボディシンキング&シンキングボディ認定講師。中高国語教師資格所持。早稲田大学文学部日本文学科卒業。妻、長男と埼玉県越谷市在住。身長180cm、体重83kg。趣味は日本舞踊、太極拳、ジャグリング
2011年12月8日木曜日
2011年12月1日木曜日
今年の11月を終えて
いつもの易では
11月の今月はあまり好くなく
でしゃばらずに目上の人の云うことをよく聞いて
おとなしくしているように
そう云われていました。
わたしにとって11月は正直好ましい月ではありません。
父の亡くなった月であることだけでなく
阿佐ヶ谷で13年一人暮らしをしていた時は
毎年といっていいほど気持ちがダウンして
引きこもりになるのが11月でした。
だからサイコロ振ってみたときは
まあ、やっぱりそういうことね・・・
そんな感じでした。
でも、終わってみたら
なんでしょう・・・
とっても幸せな一ヶ月だったなあと思います。
からだ、こころ(思考)、仕事、そしてわたしを取り巻く状況が
どんどん望ましい方向へ変容していきました。
望んでいた方向かといえば決してそうではなく
想定外のこともたくさんあったのですが
でも、結局はそれは向きあってみれば望ましい方向でした。
もちろんいくつかのマイナスもありました。
でもそれはあっという間にわたしの前を通り過ぎ
結果的には、なんでもないこと・・・になっていました。
もしかしたら易が外れていたわけではなかったかもしれません
でしゃばりたくなったときは抑制したし
ちょっとした局面では目上の人の云う通りにしてうまくいくこともありました
端から見て目立つってこともなかったと思います
・・・そのアドバイスを守ったおかげで得た結果かもしれません。
もうこれからの11月は大丈夫だな。
それくらい自信も持てた気がします。
去年父の七回忌もすんでいるし
20代30代の頃と比べれば少しは知恵もついて
ちょっとは上手に生きられるようになった
・・・そう思うことにします。
本当に今年の11月は
ずっと暖かい日だまりのなかにいるようで
何かに温かく見守られているようで
しあわせでした。
11月の今月はあまり好くなく
でしゃばらずに目上の人の云うことをよく聞いて
おとなしくしているように
そう云われていました。
わたしにとって11月は正直好ましい月ではありません。
父の亡くなった月であることだけでなく
阿佐ヶ谷で13年一人暮らしをしていた時は
毎年といっていいほど気持ちがダウンして
引きこもりになるのが11月でした。
だからサイコロ振ってみたときは
まあ、やっぱりそういうことね・・・
そんな感じでした。
でも、終わってみたら
なんでしょう・・・
とっても幸せな一ヶ月だったなあと思います。
からだ、こころ(思考)、仕事、そしてわたしを取り巻く状況が
どんどん望ましい方向へ変容していきました。
望んでいた方向かといえば決してそうではなく
想定外のこともたくさんあったのですが
でも、結局はそれは向きあってみれば望ましい方向でした。
もちろんいくつかのマイナスもありました。
でもそれはあっという間にわたしの前を通り過ぎ
結果的には、なんでもないこと・・・になっていました。
もしかしたら易が外れていたわけではなかったかもしれません
でしゃばりたくなったときは抑制したし
ちょっとした局面では目上の人の云う通りにしてうまくいくこともありました
端から見て目立つってこともなかったと思います
・・・そのアドバイスを守ったおかげで得た結果かもしれません。
もうこれからの11月は大丈夫だな。
それくらい自信も持てた気がします。
去年父の七回忌もすんでいるし
20代30代の頃と比べれば少しは知恵もついて
ちょっとは上手に生きられるようになった
・・・そう思うことにします。
本当に今年の11月は
ずっと暖かい日だまりのなかにいるようで
何かに温かく見守られているようで
しあわせでした。
2011年11月24日木曜日
眠りの動き
早々に目が覚めて和室でパソコンに向かう
誰かのFacebookを読んでたら隣室の壁からもの凄い音
ゴーン!ゴンゴン!
驚いて覗くとせがれが平然と寝息...っつうかいびきをかいて寝ている
確か俺と女房の間に寝てたはず
いつのまに女房を飛び越えて壁側に?
確か頭もこっち向きではなかったはず
うちの女房はそんなに寝相の好いほうではない
この寝相の悪さは女房から
じゃあ、このいびきは俺からか?
・・・似て欲しくないものが似る
そういえば先日母が「一裕がよくベットから落ちてね」と話してたのを思いだす
寝相の悪さも俺からか?
急にせがれが目を覚まし何やら喋りながら女房の胸を探し出す
この寝言は女房のだろう
・・・何としても共犯にしたがる俺
大体、俺のいびきだって
亡父も母も、99歳のおばあちゃんも立派なもんだもん
・・・何としても自分のせいにはしたくない
朝五時
外はまだ暗い
寝てるせがれを見ながら
諦めねばならないものが見えてきて
それを受け入れようとしたら
少しまた眠くなってきた
誰かのFacebookを読んでたら隣室の壁からもの凄い音
ゴーン!ゴンゴン!
驚いて覗くとせがれが平然と寝息...っつうかいびきをかいて寝ている
確か俺と女房の間に寝てたはず
いつのまに女房を飛び越えて壁側に?
確か頭もこっち向きではなかったはず
うちの女房はそんなに寝相の好いほうではない
この寝相の悪さは女房から
じゃあ、このいびきは俺からか?
・・・似て欲しくないものが似る
そういえば先日母が「一裕がよくベットから落ちてね」と話してたのを思いだす
寝相の悪さも俺からか?
急にせがれが目を覚まし何やら喋りながら女房の胸を探し出す
この寝言は女房のだろう
・・・何としても共犯にしたがる俺
大体、俺のいびきだって
亡父も母も、99歳のおばあちゃんも立派なもんだもん
・・・何としても自分のせいにはしたくない
朝五時
外はまだ暗い
寝てるせがれを見ながら
諦めねばならないものが見えてきて
それを受け入れようとしたら
少しまた眠くなってきた
2011年11月20日日曜日
せがれ一歳半メモ
13日に一歳と六ヶ月に。思いつくものをいくつか。
<ことば>
ばいばい…大抵の人とさよならするとき。電車が通り過ぎたあと。蒲団に入る前。
どうぞ(どうじょ)…ものを手渡すとき。洗濯物やお盆のお皿、自分の読んで欲しい本など。
ぶーぶー…乗り物各種。拙宅の軽とドラッグぱぱすのワゴンが特に好き。
時折ぶーばーと変化するのはどうやらバスのことではないかと思われる。
ちんちん...自転車を見るというのでそのことであると思われるが、なぜかそう云いながら股間を叩く。
やああ〜...テレビでスポーツを見てて満員の観客席が映ると拍手をしながら声援を送る。
ぱい...おっぱい。
<黄色いものが好き>
バナナ、とうもろこし、たくあん、キリン
<振舞い>
風呂上がりに自分でオムツを取りに行き、親に渡してから裸で大の字に寝る。
親が自分に関心を示さない時は口に含んだ水をわざと吐き出す。その後「あ〜あ」と云いながら自分でティッシュで拭く。
みそ汁椀を両手で飲み干せるが、一瞬親が自分を見ているかチラ見してこぼす。
幾つか曲に合わせて手遊びをする。ロックに合わせて足を踏み、太鼓を聞くと椅子を叩く。ピアノも叩く。
村上佳菜子のスピンを見ると一緒に数回まわる。
風呂桶にお湯が入っていると必ず流す。
掃除機を使うのが好きだが、親が使っているとコンセントを抜く。
寝る前の歯磨きに死ぬほど抵抗する。寝かせて両脇を親の脚で押さえても、脚を屈曲させて親の顔面を蹴り込む。
<ことば>
ばいばい…大抵の人とさよならするとき。電車が通り過ぎたあと。蒲団に入る前。
どうぞ(どうじょ)…ものを手渡すとき。洗濯物やお盆のお皿、自分の読んで欲しい本など。
ぶーぶー…乗り物各種。拙宅の軽とドラッグぱぱすのワゴンが特に好き。
時折ぶーばーと変化するのはどうやらバスのことではないかと思われる。
ちんちん...自転車を見るというのでそのことであると思われるが、なぜかそう云いながら股間を叩く。
やああ〜...テレビでスポーツを見てて満員の観客席が映ると拍手をしながら声援を送る。
ぱい...おっぱい。
<黄色いものが好き>
バナナ、とうもろこし、たくあん、キリン
<振舞い>
風呂上がりに自分でオムツを取りに行き、親に渡してから裸で大の字に寝る。
親が自分に関心を示さない時は口に含んだ水をわざと吐き出す。その後「あ〜あ」と云いながら自分でティッシュで拭く。
みそ汁椀を両手で飲み干せるが、一瞬親が自分を見ているかチラ見してこぼす。
幾つか曲に合わせて手遊びをする。ロックに合わせて足を踏み、太鼓を聞くと椅子を叩く。ピアノも叩く。
村上佳菜子のスピンを見ると一緒に数回まわる。
風呂桶にお湯が入っていると必ず流す。
掃除機を使うのが好きだが、親が使っているとコンセントを抜く。
寝る前の歯磨きに死ぬほど抵抗する。寝かせて両脇を親の脚で押さえても、脚を屈曲させて親の顔面を蹴り込む。
2011年11月19日土曜日
体操のすすめ
10月11日浜松に向かうバスの中で長々とツイートしてたやつを
ここにまとめておきます。
ただ、えらくテンションが高くて
結局はただ吐き出したかったんだろうって今読むと思います。
でも、そういうことにブレーキをかけずOKにしていきたいと最近は思っています。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ここ数年、私の開く演技レッスンの中で、演技者が演技を終えるや否や出来るだけ質問するようにしてきたことがある。それは「演技直前にどんなプランを立てた?」「演技中に何を考えていた?」気になったとこがあれば「あの瞬間何を考えた?」という質問だ。
興味深いことに、演者の演技が彼彼女自身が考えたことと異なったものになった試しが殆どない。時折何を考えていたか覚えていないとか、何も考えなかったとか言ったり、嘘を言ったりする演者もいるがよくよくインタビューするとやはり結果になるべく思考をしている。
「思考は実現する」とはよく言ったもので、今ではそれを周知の事実と実感し実際に行動・実現している人も少なくないと思うが、私の今の実感としては「思考は存在そのもの」なんだなあ〜と心底思っている。
アクターとしてはアクション則ち行動することが仕事だが、その質を高めるにはアクションを練習するより存在の質を高めることのほうが圧倒的に有効だと昨今の私は思っている。I see him.であればseeを稽古するのでなくIを稽古するということだ。
ということは思考が存在なのだから、行動の質を高めるには思考の質を高めればよいことになる。よく何年やっても上手くならないとか、成長しないとか言って悩まれる方がいるが考え方が変わらずに変容していくことはあり得ないとやはり思う。
この辺も今では常識なのか、まあ驚くほど何をどう考えるかをテーマにしたセミナーやワークショップが昨今は山積している。さて…では何故役者はからだを研くのか?思想が表現を変えるならそれだけ研けばいいではないか!?
一時期の私は、からだが固かったり姿勢が悪かったりすると思っていることがそのまま演技に現れづらい。だからからだを解放する必要があるんだ。…と考えていた。しかしこれはどうも違うらしいと思うようになった。
それは先に書いた、ほぼ100%思った通りの演技が実現するという統計的事実に気づいてからだ。どんなにからだが固くても姿勢の悪い人でも、その結果を気に入っているかどうかは別にして、考えた通りの結果を見事にそのまま演技でみせている。
指導と実演の経験からどういう思考をしていけば所謂魅力的に役を演じられるか、その方向性と過程の踏み方はだんだんわかってきた…自分がそれを十分に出来るかは別ですが…(^^;)。だがどうしてもその方向性でモノを考えることができない…しない人がいる。
したくない人はよいとして望んでいるのに上手くいかない人を観察すると、そこにはからだに対する意識の低さやからだに敬意を払わず乱雑に扱うといった傾向が見えてきた。すなわちからだの状態が思考に限界を作ってしまっているのではないか!?ということだ。
ここで気をつけたいのが、ならばからだを鍛えようという安易な発想やからだに不具合があると思考も制限されるのかという誤解だ。それは多分に間違いだと私は思う。大切なのはからだに敬意を払うことでありもう少し突き詰めるとその扱い方なのだろうと思う。
からだの可能性が思考の可能性を拡げる。望ましい思考が望ましい行動…パフォーマンスを導く。結果、望ましい未来がやってくる。だから役者はからだを研く のです。さあ皆さん体操しましょう!ただし鍛えるためでも軟らかくするためでもなく、からだに敬意を払い上手に扱うために。
ここにまとめておきます。
ただ、えらくテンションが高くて
結局はただ吐き出したかったんだろうって今読むと思います。
でも、そういうことにブレーキをかけずOKにしていきたいと最近は思っています。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ここ数年、私の開く演技レッスンの中で、演技者が演技を終えるや否や出来るだけ質問するようにしてきたことがある。それは「演技直前にどんなプランを立てた?」「演技中に何を考えていた?」気になったとこがあれば「あの瞬間何を考えた?」という質問だ。
興味深いことに、演者の演技が彼彼女自身が考えたことと異なったものになった試しが殆どない。時折何を考えていたか覚えていないとか、何も考えなかったとか言ったり、嘘を言ったりする演者もいるがよくよくインタビューするとやはり結果になるべく思考をしている。
「思考は実現する」とはよく言ったもので、今ではそれを周知の事実と実感し実際に行動・実現している人も少なくないと思うが、私の今の実感としては「思考は存在そのもの」なんだなあ〜と心底思っている。
アクターとしてはアクション則ち行動することが仕事だが、その質を高めるにはアクションを練習するより存在の質を高めることのほうが圧倒的に有効だと昨今の私は思っている。I see him.であればseeを稽古するのでなくIを稽古するということだ。
ということは思考が存在なのだから、行動の質を高めるには思考の質を高めればよいことになる。よく何年やっても上手くならないとか、成長しないとか言って悩まれる方がいるが考え方が変わらずに変容していくことはあり得ないとやはり思う。
この辺も今では常識なのか、まあ驚くほど何をどう考えるかをテーマにしたセミナーやワークショップが昨今は山積している。さて…では何故役者はからだを研くのか?思想が表現を変えるならそれだけ研けばいいではないか!?
一時期の私は、からだが固かったり姿勢が悪かったりすると思っていることがそのまま演技に現れづらい。だからからだを解放する必要があるんだ。…と考えていた。しかしこれはどうも違うらしいと思うようになった。
それは先に書いた、ほぼ100%思った通りの演技が実現するという統計的事実に気づいてからだ。どんなにからだが固くても姿勢の悪い人でも、その結果を気に入っているかどうかは別にして、考えた通りの結果を見事にそのまま演技でみせている。
指導と実演の経験からどういう思考をしていけば所謂魅力的に役を演じられるか、その方向性と過程の踏み方はだんだんわかってきた…自分がそれを十分に出来るかは別ですが…(^^;)。だがどうしてもその方向性でモノを考えることができない…しない人がいる。
したくない人はよいとして望んでいるのに上手くいかない人を観察すると、そこにはからだに対する意識の低さやからだに敬意を払わず乱雑に扱うといった傾向が見えてきた。すなわちからだの状態が思考に限界を作ってしまっているのではないか!?ということだ。
ここで気をつけたいのが、ならばからだを鍛えようという安易な発想やからだに不具合があると思考も制限されるのかという誤解だ。それは多分に間違いだと私は思う。大切なのはからだに敬意を払うことでありもう少し突き詰めるとその扱い方なのだろうと思う。
からだの可能性が思考の可能性を拡げる。望ましい思考が望ましい行動…パフォーマンスを導く。結果、望ましい未来がやってくる。だから役者はからだを研く のです。さあ皆さん体操しましょう!ただし鍛えるためでも軟らかくするためでもなく、からだに敬意を払い上手に扱うために。
10月のつぶやきから
10月終わって半月位で振り返るととても面白い。
アレクサンダーテクニークにつながるつぶやきは「生活禅として」に。
こちらは俳優業とプライベートです。
10月2日
今日はせがれの初動物園。実は十年前妻と初デートした上野。絵画展に入れず仕方なく動物園に。ゴリラ舎の前で俺がゴリラの物真似をしたのが決め手と妻は宣う。なんでもやっておくものだ…。今日はおにぎりと梨を切ったのをタッパーに持参。そういう女房で良かった。
10月4日
東名高速もうすぐ足柄なう。浜松学校公演第二節スタートです。今日は仕込みと場当たりですが、明日から三日間で五ステージというなかなかやりがいのある日程です。天気もよくバスからの眺めもなかなかです。
10月5日
浜松、2ステ終了。先週末の発見を「確かなものに」と思う迄 もなくそのステージは既に超えてるようで、どんどん「次」の発見が私に降りかかる。速い!速すぎるくらい速い。書留ることは勿論確認すらする間がない。本 番をやること…人前でパフォーマンスすることは、一人稽古の何倍もの変容をもたらす。
一週間ぶりにzazaのスタバでFaceTime。鼻風邪を ひいたせがれは甘い風邪薬が大好きらしくスポイトをずっとペロペロ。滅多に甘いものあげないからな〜。上野動物園で貰ってきた冊子の表紙がゴリラなんだけ ど、今日その写真見て「パパ、パパ」と呼んでたと笑う妻。その話作ってね〜か⁈
所謂地方での仕事、私は好きだ。あちこち出かけたり、ホテル に篭ったり。ただ、行動は大抵一人。地方の美味にもそれ程執着はない。たぶん仕事自体が大勢で賑やかにする仕事だから、あとは一人でゆっくりしたいんだろ う。おっとその前に、東京でなかなか一人の時間がないことも?ここぞとばかりに満喫!
今日思った。役者って役を通して自分の生き方…思想を表現す るアーティストなんだろうって。だから芸も技術も要らない。っつうか歌手も絵描きもみんな同じじゃないかな。生き方に自信がないとできない?そんなの要ら ないしあってもキモい。必要なのはその欲求…衝動だけ。それが起きる生き方をしたい。
10月6日
はまホールとなり五社神社諏訪神社に参拝。どなたかのお祓い最中、巫女さんのお神楽の舞いに立ち会う。演劇ってもとはといえばこういうことなんだよなあ。
今のミュージカルはロボットの話で命や死も大きく扱ってい る。先日の交流会で、死についてどうお考えですか?という質問を受けた。高校生を前に即座に簡潔に自分の考えを返すことができたが、そこには何年か前に YouTubeで見たスティーブジョブスのスピーチにも少なからず影響を受けてると思う。
10月7日
浜松出発!朝も午後もからだは凄く軽かった。芝居もどんどん変化していって面白かった。学生さん達もノリノリだったりチョー集中してたり。来週の課題も見えてきた。けど、その課題もこの週末にはクリアしてしまうか。さて、車中弁当いただきます。
10月8日
せがれ発熱。深夜に帰宅したら四十度越してた。少し驚いたが とにかく先ずは自分を整えて手をあて続けた。ぐったりしながらも全身での深い呼吸、羨ましいくらいのしっかりとした臀部や太腿。既に認識していることだが 改めて…こいつはこいつで自分を目一杯生きている…そう思った。今朝、熱は落着いた。
10月9日
今日は浜松公演中の振り替えで終日目黒です。半月ぶり位のアレクサンダーの授業だ。今朝の読売の社説がツイッターで流れてきたけど、逆にああいうこと言う人がいるから自分は自分の意見をちゃんと持とうと私は思うのです。しかし、新聞が権威とは…。
10月10日
今日は午前中日舞、午後から夜までアトリエSYMBION。 アトリエでは僕が今まで余りしてこなかった「稽古をつける」ってことをじっくりやってみました。自分自身も状況もそれが妥協なくできるようになっているっ てことがわかりました。今後はこれもレッスンに組み込みたいと思います。
10月11日
足柄に着いたら眠そうにしてる共演の女優さん。「寝てないの?」「クラモチさんのチョー長文のツイッター読んでたら眠くなりました」…どーもすみませーーん!「ブログに書けばいいじゃないですか〜」これがこの女優さんの魅力的なところ。
とにかく演出の言葉をそのまま役者の演技プランにしてはいけないのです。それが形容詞や副詞ならなおさら…例えば、もっと優しくとか…その言葉で演じたら終わりです。必ず自分の積極的な動詞に翻訳しそれをプランにする。それが演出に誠実に応えるということです。
10月12日
今日の本番は又もやこれ迄にないライム大佐になりました。 「ここを深められるものか⁈」って感じ。昨日のリハである女優さんの発声を観察してたら一つ気づいたことがあって、稽古したら悪くなくて、本番で全編通し てやってみたら方向性がクリアになり協調作用も好い感じだった。声の焦点をも少し前…⁈
「自分一人で出来るようにする」というサポート。そういうサポートは受けるのもするのも僕はいちばん好きだなあ。
10月13日
その人の務めが教育・啓蒙だとしたら、同じことを何度も繰り返し言ってもいい。何度でも言ったほうがいい。…んじゃない。
10月14日
浜松演劇教室は無事終了しました。カーテンコールで思わず飛び上がる自分がいました。終演後の交流会も大勢の参加者で盛り上がりました。ある女子高生が僕にオーラが見えたと、彼女見えるらしく何色?と聞けば濃い紫だったとw。確か俺は緑だったはず…変わったかな。
10月15日
東名で帰京の途につきました。昨日の自分の演技を振り返り、やっとここまで来たかって感とまだまだここからだなって感が入り交じってます。今夜は高校の部活動のOB会が大宮であります。僕は排球部でした。再会が楽しみです。
今朝方、二百人の参加者を相手に一人でワークショップをする 夢を見ました。一生懸命リードしようとするのですが、変な形の部屋に超満員、幾つかの大きな柱が死角を作り、声も届かず巧く進行しません。それでも二百人 の参加者はそこにいるのを楽しんでいるようで、賑かで誰一人帰ろうとしませんでした
二つ下までマネージャーや女子部も含めたバレー部会。みんな 試合の細かいことまでよく憶えてる。もう三十年も前のこと。話を聞きながら少しずつ思い出す。どうやら俺は好不調の波が激しく皆に心配をかけていたらし い。皆明るくて良い四十代を過ごしているなと思った。ぜひまた集まろう。
10月16日
午前中は一緒に親子スイミング教室。妻が出かけてる間午後は一緒に昼寝。夕方は手を繋いで近所のショッピングモールへ…たまに人混みで追いかけっこ…。帰宅して一緒に入浴。要は一日中せがれと一緒。…浜松で離れてた分だね。
10月19日
ありがとうございます。“@aktmym:相棒出てましたか?出てましたね(´▽`)”
10月22日
「君は役者としてもう一段自己解体する必要があるかもなあ」そうレッスンでアドバイスをして間もなく、丸一日も経たないうちに自らがしばらく立ち上がれないくらいの自己解体をさせられるハメになった。教師ってそういう仕事なんだろうかなあ。みんな、ともに頑張ろう!
10月24日
新聞の書籍宣伝で「ボーダーを着る女は、95%モテない!」と書いてあって目を上げたら妻がボーダー着てた。…十分後、歯を磨いてたら「なにコレ!?」と妻の大声。何のことかすぐにわかった。「別にアタシは着るけどね…」…それでいいと思うよ。
金曜の埼玉の高校公演に向けての稽古。いい稽古になった。改 めて座組の良さを思う。個人的には第一胸椎の気づきを声に応用。幾つか対応しきれない所もあったけどこれはかなりイイ。繊細さが課題だが、繊細に表現しよ うとすると固まるんだな…繊細に思うだけでいいんだろうなあ。
10月25日
意識的に持ち込んだプランが機能しないどころか、無意識のところでイントロに乗らないってプランに化けていたんだ。それじゃ第一声から流れが起こらないのは当然だ。うわー…トリッキーだなぁ!次はイントロに乗る、これだけでもいけるだろう。昨日の反省。
10月28日
Stepsのミュージカルboy be...は契約の全日程が無事終了。今年の舞台はこれで終り、来年も含め非雇用だ。昨夜の場当りで見つけた究極のニュープランを今日の二回に持ち込む。 洗練は持ち越すが、演技する体の探究は今日でひとつの明確な答を得た。これでいける筈だ。千秋楽に間に合った
10月30日
車をブーブー、バスもトラックもブーブー、電車もブーブー、おまけにiPadもブーブー。iPadには車や電車の写真と運転音の出るアプリがあるから。今日は散々ねだってついに運転席を占領。男の子だよなあ。
アレクサンダーテクニークにつながるつぶやきは「生活禅として」に。
こちらは俳優業とプライベートです。
10月2日
今日はせがれの初動物園。実は十年前妻と初デートした上野。絵画展に入れず仕方なく動物園に。ゴリラ舎の前で俺がゴリラの物真似をしたのが決め手と妻は宣う。なんでもやっておくものだ…。今日はおにぎりと梨を切ったのをタッパーに持参。そういう女房で良かった。
10月4日
東名高速もうすぐ足柄なう。浜松学校公演第二節スタートです。今日は仕込みと場当たりですが、明日から三日間で五ステージというなかなかやりがいのある日程です。天気もよくバスからの眺めもなかなかです。
10月5日
浜松、2ステ終了。先週末の発見を「確かなものに」と思う迄 もなくそのステージは既に超えてるようで、どんどん「次」の発見が私に降りかかる。速い!速すぎるくらい速い。書留ることは勿論確認すらする間がない。本 番をやること…人前でパフォーマンスすることは、一人稽古の何倍もの変容をもたらす。
一週間ぶりにzazaのスタバでFaceTime。鼻風邪を ひいたせがれは甘い風邪薬が大好きらしくスポイトをずっとペロペロ。滅多に甘いものあげないからな〜。上野動物園で貰ってきた冊子の表紙がゴリラなんだけ ど、今日その写真見て「パパ、パパ」と呼んでたと笑う妻。その話作ってね〜か⁈
所謂地方での仕事、私は好きだ。あちこち出かけたり、ホテル に篭ったり。ただ、行動は大抵一人。地方の美味にもそれ程執着はない。たぶん仕事自体が大勢で賑やかにする仕事だから、あとは一人でゆっくりしたいんだろ う。おっとその前に、東京でなかなか一人の時間がないことも?ここぞとばかりに満喫!
今日思った。役者って役を通して自分の生き方…思想を表現す るアーティストなんだろうって。だから芸も技術も要らない。っつうか歌手も絵描きもみんな同じじゃないかな。生き方に自信がないとできない?そんなの要ら ないしあってもキモい。必要なのはその欲求…衝動だけ。それが起きる生き方をしたい。
10月6日
はまホールとなり五社神社諏訪神社に参拝。どなたかのお祓い最中、巫女さんのお神楽の舞いに立ち会う。演劇ってもとはといえばこういうことなんだよなあ。
今のミュージカルはロボットの話で命や死も大きく扱ってい る。先日の交流会で、死についてどうお考えですか?という質問を受けた。高校生を前に即座に簡潔に自分の考えを返すことができたが、そこには何年か前に YouTubeで見たスティーブジョブスのスピーチにも少なからず影響を受けてると思う。
10月7日
浜松出発!朝も午後もからだは凄く軽かった。芝居もどんどん変化していって面白かった。学生さん達もノリノリだったりチョー集中してたり。来週の課題も見えてきた。けど、その課題もこの週末にはクリアしてしまうか。さて、車中弁当いただきます。
10月8日
せがれ発熱。深夜に帰宅したら四十度越してた。少し驚いたが とにかく先ずは自分を整えて手をあて続けた。ぐったりしながらも全身での深い呼吸、羨ましいくらいのしっかりとした臀部や太腿。既に認識していることだが 改めて…こいつはこいつで自分を目一杯生きている…そう思った。今朝、熱は落着いた。
10月9日
今日は浜松公演中の振り替えで終日目黒です。半月ぶり位のアレクサンダーの授業だ。今朝の読売の社説がツイッターで流れてきたけど、逆にああいうこと言う人がいるから自分は自分の意見をちゃんと持とうと私は思うのです。しかし、新聞が権威とは…。
10月10日
今日は午前中日舞、午後から夜までアトリエSYMBION。 アトリエでは僕が今まで余りしてこなかった「稽古をつける」ってことをじっくりやってみました。自分自身も状況もそれが妥協なくできるようになっているっ てことがわかりました。今後はこれもレッスンに組み込みたいと思います。
10月11日
足柄に着いたら眠そうにしてる共演の女優さん。「寝てないの?」「クラモチさんのチョー長文のツイッター読んでたら眠くなりました」…どーもすみませーーん!「ブログに書けばいいじゃないですか〜」これがこの女優さんの魅力的なところ。
とにかく演出の言葉をそのまま役者の演技プランにしてはいけないのです。それが形容詞や副詞ならなおさら…例えば、もっと優しくとか…その言葉で演じたら終わりです。必ず自分の積極的な動詞に翻訳しそれをプランにする。それが演出に誠実に応えるということです。
10月12日
今日の本番は又もやこれ迄にないライム大佐になりました。 「ここを深められるものか⁈」って感じ。昨日のリハである女優さんの発声を観察してたら一つ気づいたことがあって、稽古したら悪くなくて、本番で全編通し てやってみたら方向性がクリアになり協調作用も好い感じだった。声の焦点をも少し前…⁈
「自分一人で出来るようにする」というサポート。そういうサポートは受けるのもするのも僕はいちばん好きだなあ。
10月13日
その人の務めが教育・啓蒙だとしたら、同じことを何度も繰り返し言ってもいい。何度でも言ったほうがいい。…んじゃない。
10月14日
浜松演劇教室は無事終了しました。カーテンコールで思わず飛び上がる自分がいました。終演後の交流会も大勢の参加者で盛り上がりました。ある女子高生が僕にオーラが見えたと、彼女見えるらしく何色?と聞けば濃い紫だったとw。確か俺は緑だったはず…変わったかな。
10月15日
東名で帰京の途につきました。昨日の自分の演技を振り返り、やっとここまで来たかって感とまだまだここからだなって感が入り交じってます。今夜は高校の部活動のOB会が大宮であります。僕は排球部でした。再会が楽しみです。
今朝方、二百人の参加者を相手に一人でワークショップをする 夢を見ました。一生懸命リードしようとするのですが、変な形の部屋に超満員、幾つかの大きな柱が死角を作り、声も届かず巧く進行しません。それでも二百人 の参加者はそこにいるのを楽しんでいるようで、賑かで誰一人帰ろうとしませんでした
二つ下までマネージャーや女子部も含めたバレー部会。みんな 試合の細かいことまでよく憶えてる。もう三十年も前のこと。話を聞きながら少しずつ思い出す。どうやら俺は好不調の波が激しく皆に心配をかけていたらし い。皆明るくて良い四十代を過ごしているなと思った。ぜひまた集まろう。
10月16日
午前中は一緒に親子スイミング教室。妻が出かけてる間午後は一緒に昼寝。夕方は手を繋いで近所のショッピングモールへ…たまに人混みで追いかけっこ…。帰宅して一緒に入浴。要は一日中せがれと一緒。…浜松で離れてた分だね。
10月19日
ありがとうございます。“@aktmym:相棒出てましたか?出てましたね(´▽`)”
10月22日
「君は役者としてもう一段自己解体する必要があるかもなあ」そうレッスンでアドバイスをして間もなく、丸一日も経たないうちに自らがしばらく立ち上がれないくらいの自己解体をさせられるハメになった。教師ってそういう仕事なんだろうかなあ。みんな、ともに頑張ろう!
10月24日
新聞の書籍宣伝で「ボーダーを着る女は、95%モテない!」と書いてあって目を上げたら妻がボーダー着てた。…十分後、歯を磨いてたら「なにコレ!?」と妻の大声。何のことかすぐにわかった。「別にアタシは着るけどね…」…それでいいと思うよ。
金曜の埼玉の高校公演に向けての稽古。いい稽古になった。改 めて座組の良さを思う。個人的には第一胸椎の気づきを声に応用。幾つか対応しきれない所もあったけどこれはかなりイイ。繊細さが課題だが、繊細に表現しよ うとすると固まるんだな…繊細に思うだけでいいんだろうなあ。
10月25日
意識的に持ち込んだプランが機能しないどころか、無意識のところでイントロに乗らないってプランに化けていたんだ。それじゃ第一声から流れが起こらないのは当然だ。うわー…トリッキーだなぁ!次はイントロに乗る、これだけでもいけるだろう。昨日の反省。
10月28日
Stepsのミュージカルboy be...は契約の全日程が無事終了。今年の舞台はこれで終り、来年も含め非雇用だ。昨夜の場当りで見つけた究極のニュープランを今日の二回に持ち込む。 洗練は持ち越すが、演技する体の探究は今日でひとつの明確な答を得た。これでいける筈だ。千秋楽に間に合った
10月30日
車をブーブー、バスもトラックもブーブー、電車もブーブー、おまけにiPadもブーブー。iPadには車や電車の写真と運転音の出るアプリがあるから。今日は散々ねだってついに運転席を占領。男の子だよなあ。
2011年10月19日水曜日
2011/9 from twitter@kazusangb
9月1日
今年の夏で今日が一番不快な暑さです。でも蒸し暑いなかよく稽古しました。横山先生の演出と指導はいつもとても参考になります。明日は振り付け。私がステップスで初めてロックを歌い踊ります!
三年半ぶりにご一緒する大先輩の俳優さんに「倉持ちゃん芸風変わったね」って言われました。どんな風にですかと尋ねたら「やわらかくなった」そうです。この数年ほどいて…ゆるめて…やめて…ばかりですからね。嬉しいお言葉でした。
9月2日
負けるとか敵わないとか参るとかってことが、特に男の子にとって、どんだけ貴重なことか。そういう意味では武道で放り投げられるとか芝居で心底傷つくとかってのは安全を確保されたなかで何度もそれを多いに体験できるから人間形成に効用大なんだろうと思います。
だから、敗退とか挫折とか絶望とかは本当に次なる変容への大きなチャンスなんでしょうが、やはり多かれ少なかれ仲間とか指導者とかのサポートは必要なんでしょう。孤独の力も凄いけどサポートなしには…。今朝の想うままに。目黒到着。
9月3日
エスカレーターで僕の前に立つ青年。Tシャツの背中にイマジンの歌詞。数十秒かな、ガツンとメッセージが入ってきた。
9月4日
足の小指と薬指がなんか気になると思ってたら、この二本だけ立方骨に集まってて、あとの三本は楔状骨を介して舟状骨に集まってたんだ。ってことは内側三本は内踝で外側二本が踵で…もうちょっと探究しよ♪
目の使い方を変えて何日か?声の方向性がより明確になり自分の声が変わっていってるのが分かる。それを探究していくと頬骨周辺の筋肉、そして舌の使い方にも無意識があることが分かり、その動きを選んでいきたいと思うようになった。面白い!
9月6日
所用で大学の事務所に。「倉持と申します。××課の※※さんお願いします」受付の女の子「かしこまりました。倉持先生でいらっしゃいますね」「いいえ。私はただのクラモチです!」因みに格好はジーンズにカジュアルシャツ。
それにしてもあのスロープを上ると一気に時間が遡る。反発と耽溺。酒と感情に泥酔した日々。夢のような日々が懐かしく恥ずかしく…でも今の方がやっぱりいい時間だな。たぶん今の方が健康でもあるな。
9月7日
事実を徹底的に突き詰めないうちに解釈って奴がやってきて望まない感情まで参加して早々に判断を迫ってくる。この解釈って奴はからだのカスに似てる。習慣 が作った思考のカス。徹底的にストレッチして分解して溶解して排出してやる。解釈なしに事実をまま見る。ここからだ、ここからが本番…新世界だ!
私のウエストサイズは91cm、一年前から7kg減量しても変わらず。ユニクロでは91cmが最大かと思いきや95cmがあった。因みにカーゴのLは92cmまで。すなわち私はLLではないのだ。
何が言いたいかというと、私は人によく大きいと言われ自分でも納得していたが、私は自分が思っている程は実際は大きくない。自分のサイズへの思い込みが私のからだの動きを鈍らせている。
かといって私は小さいわけでも細くも太くも高くも低くもない。ただ実際の私であればいい。私の全体がそのままいつもあればいい。
「あなたがどうしてもやりたいっていうなら…」「…正直言うとやりたいって気持ちじゃない。でもやらないと次に進めない、死ぬとき後悔する気がする」何かをするのにこういう類いの動機があることを思い出した。
過去に幾つかそういう類いのことしたっけ。友がしていたのも思い出す。大抵は陽の目をみない、苦しい修行になる…。だって当然、世のため人のためじゃない、自分の為にやることだもん。でも今があるのは、生きていられるのは、まさにその修行のお陰だとも思える。
9月9日
オープニング曲、後半盛上がるとこ。オクターブ上のメロ組の俺。歌練でいけてたのに振り付きだと声がのびない!?あれっ!?そんなに息があがる難しいダンスじゃないのに…ちょっと自主練…。
息が足りない…ってことは例の胸郭の向き?おお!やってるやってる。胸を突きだし右肩を引く癖。俺の深い深い無意識の習慣…。ダンス入るともう一段注意をしないとね。っつうか踊りながら歌うのってユースの練習にチョー有効だと思う。何より楽しいしな。
いろいろ探究する過程で、こちらは本気なのだか他人から見るととんでもないことをやらかし心底驚かしたり心配をかけてしまったりする。その驚かれ方にこち らが驚き自分の無能を一時嘆くが、仕方ない…私はそうやって学習していくしかないのだ。先生ごめんなさい!頑張れオイラ!
今日の稽古の結果…望ましくない結果を見て、いわゆる欠点はわかっている。ただそれをやめればいいってだけでは芸がない。積極的で創造的な前進のためのアイデア…ひとつじゃ足りない、三つは用意して一人稽古する。
そもそもそこに明確な意図があるならば、その行動が対象がハッキリしてる他動詞で言い表せるモノならば、ぶっちゃけ本当に何かをしたくてそこにいるのならば…後ろ足のかかとに重心が乗ったまんま…なんてことがあり得るだろうか?
9月10日
妻が美容院行くため今日はオイラがせがれと親子スイミング。水の中でぶるんぶるん振り回してたら疲れたのか、帰ってすぐに昼寝した。ラッキー!妻はいない、せがれは寝てる。久しぶりに我が家でひとり静かに新聞が読める。
今回のアップデートはかなり大仕事だなと改めて思う。いろいろとこれまでになかったミスやストレス、緊張も生まれる。でもそこでびびって過去の習慣に戻るまい!いい訓練だ。そんななか今日持ち込んだアイデアは結構使える気がする。名前は…付けられない。
9月11日
アフリカンダンス初体験!第一人者柳田先生直々のレッスン。最初ウォーミングアップと丁寧な解説のあと、生の太鼓でシンプルな振りをこれでもかと踊りまくる。不思議と疲れるとかはなかった。でも何だか肚の奥の方で眠ってたものが目覚めだしちゃった感じ…(^.^)
9月12日
一日に何度となくせがれが絵本を持ってくる。「読んでくれ」のサイン。何があってもすぐに読んであげてと妻の指導あり。見たら「おつきさまこんばんは」林明子作。今日を知ってかと思わず笑った。読んだら地味だけど好い本。聞けばロングセラーとか。
9月13日
アレクサンダー学びはじめて一年半?…あたま、あたまといつも言ってるけど、ここに来てあたまって奴をこれまでよりもっとクリアに分解しないと前にいけない感じがする。で、やっぱりそれには発声…っうか歌うのが、楽しみながらやれるからいいのかも。…他にもあるかな?
アフリカンダンスを一緒に踊ったアレクサンダーの先生が「カズさん鳥が降りてきたみたいに踊ってたよ」って言ってくれた。腕が長く使えるようになってきたってことかな。ヴィヴィアンと「今度会うときにはロングアームになってるね」って約束したこと思い出した。
9月15日
朝食はトーストに久しぶりのピーナッツクリーム。食べてて気づいた。歯の右側で噛むことがほとんどだった私が、意識的でなく、無意識に左側でもぐもぐしている!自前ストレッチでの捻れ調整の効果がここにも出てきてるんだと思う。無意識でってとこが嬉しい。
隔週図書館で十冊程絵本を借りる。倅が食いつくのはせいぜい二三冊。で、今回もまたあった林明子作。何がそんなにいいんだろう?倅は答えない…。妻がいく つか説明してくれたけど納得したようなしないような。子どもの心を忘れた大人。ひたすら声に出して丁寧に読み聞かせる…きゅっきゅっきゅっ…。
自分にとって実はとても大切なことなのにそれを他人に話す時ちょっと卑下して茶化すように話してる自分に気づく。照れ隠しか?分かってもらえないかも…の 恐れか?いずれにしてもこれはイカン!それを話す度に自分で自分を傷つけることになる。俺の場合、自分へのリスペクトを失うと何一つ前進しない。
9月16日
歌でも芝居のときのように直前にプランを窓の外に投げ捨て、今の瞬間に生きるってことが出来ないものかな~♪音楽的な知識も技術も少ない自分には、誠実にリズムとメロディを奏でながらも、一つ一つ明確な行動をしていくしかないのだから。練習、練習、練習!
今日稽古場で、僕がステップスで一番「天然でオモシロイ」と思う女優さんから、「クラモチさんて、本当に生き物としてオモシロイですね~」って言われました。…光栄です!?┐('~`;)┌。加えて「奥さん大変でしょう!?」…知るかぁ~!!(;_;)/~~~
9月19日
声が売りの役者だけど実はマイク乗りの悪さが弱点。一人せっせと頭骨を探究していたら先日紀美子先生にシンプルかつ大胆なマッピング法を教わった。あら⁈ 出る出る!頬骨に自分の声が響いてる。加えて俺があまり使ってなかったらしい顔の筋肉も発見。本番迄十日切った。目指せマイク乗りのいい奴!
なれるものならなりたいもの。医者、歌手、ピアニスト、サーファー、校長先生、トリリンガル、ちょい悪オヤジ…ちょっと待てよ…どれも実現可能なモノばかりじゃないか⁉*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
どこから見ても、どこを切ってもワタシだ!と思えるところまでいかないとダメは出続けるだろう。しかしとてつもなく新しいことをしているんだ。アップデートが一段落しないうちはダメこそワタシを導く指針と喜んで受け止めたい。
9月20日
昨日はアトリエSYMBIONサードシーズンの初日でもあった。二月ぶりの先生。「あなたは今どこにいて何を見てるの?」っていう問いと、僕が〈役者のオ タク性〉と呼んでいるものが同じ要点を示していることに気づいた。オタク性が消えてワタシになりえた人のbeingは圧倒的だ。
友達がリツイートしてくれて知ったミハイル・エンデのボット…ちょー面白い。以前地域通貨に関心があったころ少し触れたけど、今また違う印象…強くインパクトを受ける。面白い。この秋の読書はエンデか!?
初の通し稽古。気負いなく取組め、楽器の状態もすこぶる良かった。プロデューサーさんもにこやかなご様子(^^;…やっとライム大佐を生きられるところまで自分を拓くことが出来た気がする。さて、やっとこさここから本格的な創作作業が始まるんだ。
昨日までのもがきを経て、今朝目覚めたときに右肩が望むところに収まってくれていたことが大きな要因だと思う。細部に意識が行かなくなったお陰で、全体の協調作用のなかに身を預けることができたってこと?…。一人で歌うところが初めて怖くなかったんだ!
9月21日
自分は不完全だと思っている人が自分より優れていると思う人に問う。問われた人はそれが嬉しくて自分の経験から得た技術を渡そうとする。でもそのことばの やり取り自体にはレッスンの価値は余りない。共にいる…そっちのほうにどれだけのやり取りがあることか。どれだけの学びが「双方」にあることか!
自分は足りてない、力がない、人より劣っている…ところがある。そう信じている人の何と多いことだろう。かくいう私も、自分は努力が足りない…怠けているという強い信じ込みが周期的に訪れる。事実か?否!じゃあ無用か?…うむ、そうでもないような気もする。
本日は上肢帯のお勉強。右腕はまた新しく、だけじゃなく右目やら右頬やら腹の奥のほうまで一日中ずっとすごい更新作業が続いている。左腕に関してはレッス ン後にマッサージ師の友達にしてもらった施術でこれまた凄いことに。これはとてもことばにできない。とにかく今しばらくはこれを味わっていたい。
9月22日
「神話は、なにがあなたを幸福にするかは語ってくれません。しかし、あなたが自分の幸福を追求したときにどんなことが起こるか、どんな障害にぶつかるか、は語ります。」ジョセフ・キャンベル
9月23日
昨日だけど、根岸にある日舞のお師匠さん家の近所で鷹匠とすれ違った。剥製?と目を見たら、手甲に乗った鷹がきっと俺を目で射た!さすがにびびった。ひととき、頭と脊椎の関係どころじゃなくなった。
今日は家族組の抜き稽古。明日最後の通し稽古をしてあとは浜松に。横山先生の要求も細部に渡り一段と高まる。「格好イイ倉持でいて欲しいんだよ」こういう ことを言ってくれる人はなかなかいない。嬉しく思いながら、「ちょっと気を抜くと豊登になっちゃうからな」…とよのぼり…ってキッツイなぁwww
9月24日
「クラちゃん、俺今度こそタバコやめたよ」身近なとある先輩が言った。「マジっすか⁈すげー、ついに本気出すんっすね!」思わず口走った。失礼じゃないよね?
その方だけじゃない、オジサンになってくると残りの人生(の時間)が見えてくる。長生きしたいとかじゃないくて、生きてるうちにやっておきたいことをやるためにそれを阻む気のあるものを遠ざけるのはごく当たり前のこと。守りから断つことでなく、本気で望みに向かいだしてる人私の近くに少なくない。
ウォーミングアップとか準備体操とかいうものに否定的な考えを持っていた私だが今日その考えを少し変えたくなった。ただその意図がまだ整理がつかない。ゆえに違う名前をつけたいがつけられない。浜松の三週間で探ってみよう。楽しみがまたひとつ増えた。
「変わりたいと、強く望め。それ以外は、いらない。」HAL東京の学生募集コピー。これいいなあ。俺好き。
9月25日
今日は町屋で「親子リズム」。名前とはかけ離れて、かなりの肉体疲労。ミュージカルの通し稽古より疲れた。子どもの抱き上げ方でアドバイスをもらう、それが自分自身の(子どもだけじゃなく)他者との関わり方に深い気づきを得た。変えていこうと決めた。
明日は日舞のお稽古とシンビアンでの終日レッスン。帰り遅いし火曜日は浜松への出発が早いから、今夜中に荷造りをした。それにしても俺は荷造りが下手だ。旅慣れた役者とは到底思えない。ましてやボーイスカウトの風上にもおけない(~_~;)
9月26日
一分間勉強法とかフォトリーディングとかいうのは、僕がメガネをかけなくてもだいたいは見えるようになってきた(視力が回復したわけではない)過程と、脳 の回路的には同じ理屈なんじゃないだろうか。見るとか読むとかいうことへの自分の信念を変えちゃえばいいのでしょ⁈面白いからもっと練習しよう。
たったいま金町駅で自販機の入れ替えしてたズボンずりさげ系のお兄ちゃん。凄くいい動きしてた。どんな動きしてても脊椎が伸びやかで、肩は抜けてて腕長 く、上下の動きは頭高いまま下半身の三関節で滑らか。極めつけが全ての動きがスピーディー。思わず見とれた。いるものだ街中の達人。
グレン・パーク「変容の術」にあった、前のチャックを閉めるっていうのはこういうことか!…な?…。同じことかは判らんが、少なくとも〈これ〉は俺には有用だ。成る程こうやって身を護れば幾らでも前進可能な感じがするなあ。
9月27日
同じ俳優を生きていても求めているものは各々違うのです。自分と同じ動機でない俳優を前に面喰らうことも過去にはありました。今はその違いも受容できます。それはたぶん自分の求めるもの、私は何者なのかが解ってくるのと並行しているような気がします。
その動機は、端的に言えば生きる技の探求とその分かち合いです。探求においては宗教か芸術がやはり良いのでしょう。分かち合いには教育も良い分野です。禅、演劇、アレクサンダーテクニーク…自然に没頭したものだけどどうやらつじつまはあっているみたいです。
自分を動かすものの焦点がはっきりしてしまえば、もう分野やスタイルにこだわる必要はありません。手近なところからどんどん自分の務めをするだけです。
そうこうしているうちに浜松に入りました。今週の劇場は浜北文化会館です。
意図を持たなければ、ただの風任せだ。意図を持てば抵抗にぶつかる。そうすれば本当に価値のある情報を得られる。あらゆる意図に間違いはない、意図があるってことが大切なんだ。
9月28日
昨日は移動だけで、今日場当たりとゲネプロ。少し疲れたなぁ。ウォーミングアップの重要性をまたリアルに感じた一日。私にとってウォーミングアップとは長さと大きさを取り戻し、意図の焦点を絞り合わせることなり…今日のリアリティー。
9月29日
初日が開きました。浜北高校と浜松東高校のみなさんありが とうございました。そしてやっと浜松でFONの使えるところへ行けました。やっぱり基本ホテルで無料無線LANは必須です〜。とにかくSoftBank ショップを探せばいろいろ教えてくれました。これからスタバでゆっくりします。
脊椎の長さを取り戻し意図の焦点を合わせるという準備はとても有効でした。その上で特に胸椎が私の場合は取り戻し辛いことと、私には軽い自己陶酔癖があってそれが意図…って言うか自らのビーイングをぼやけさせていることがわかりました。
胸椎は特に五番あたりでしょうか。そういえば五年ほど前にアテローム(粉瘤)ができたのがその辺です。やっぱりその辺の流れが悪く、いろいろ溜まっちゃうんでしょう。ただそこだけに焦点を当てるのはまた違うんですよねえ。
自己陶酔は「今」にしてる分はちょっとはいいけど過去や未来に行っちゃうと存在が弛み行動…演技どころじゃなくなる。勿論舞台上は無いけど、袖の場合は暗 いしマジで色んな気が舞ってて思わず取り憑かれる時がある。ちゃんとチャックを閉めたいけど…肉体的に疲れてるとなかなか閉めらんない。。。
明日も五時半に起きて、九時半には開演です…はい、九時半です。正午に終演し、一時半に二回目の開演です。東京は寒いらしいですね。浜松は今日は暑いくらいでした。では、夕飯食べてホテルに帰ってシャワー浴びて本読んで寝ます。
9月30日
「折れた心を体で支えていたという特殊な現象があった。」やっぱイチローは面白いことを言う。
今年の夏で今日が一番不快な暑さです。でも蒸し暑いなかよく稽古しました。横山先生の演出と指導はいつもとても参考になります。明日は振り付け。私がステップスで初めてロックを歌い踊ります!
三年半ぶりにご一緒する大先輩の俳優さんに「倉持ちゃん芸風変わったね」って言われました。どんな風にですかと尋ねたら「やわらかくなった」そうです。この数年ほどいて…ゆるめて…やめて…ばかりですからね。嬉しいお言葉でした。
9月2日
負けるとか敵わないとか参るとかってことが、特に男の子にとって、どんだけ貴重なことか。そういう意味では武道で放り投げられるとか芝居で心底傷つくとかってのは安全を確保されたなかで何度もそれを多いに体験できるから人間形成に効用大なんだろうと思います。
だから、敗退とか挫折とか絶望とかは本当に次なる変容への大きなチャンスなんでしょうが、やはり多かれ少なかれ仲間とか指導者とかのサポートは必要なんでしょう。孤独の力も凄いけどサポートなしには…。今朝の想うままに。目黒到着。
9月3日
エスカレーターで僕の前に立つ青年。Tシャツの背中にイマジンの歌詞。数十秒かな、ガツンとメッセージが入ってきた。
9月4日
足の小指と薬指がなんか気になると思ってたら、この二本だけ立方骨に集まってて、あとの三本は楔状骨を介して舟状骨に集まってたんだ。ってことは内側三本は内踝で外側二本が踵で…もうちょっと探究しよ♪
目の使い方を変えて何日か?声の方向性がより明確になり自分の声が変わっていってるのが分かる。それを探究していくと頬骨周辺の筋肉、そして舌の使い方にも無意識があることが分かり、その動きを選んでいきたいと思うようになった。面白い!
9月6日
所用で大学の事務所に。「倉持と申します。××課の※※さんお願いします」受付の女の子「かしこまりました。倉持先生でいらっしゃいますね」「いいえ。私はただのクラモチです!」因みに格好はジーンズにカジュアルシャツ。
それにしてもあのスロープを上ると一気に時間が遡る。反発と耽溺。酒と感情に泥酔した日々。夢のような日々が懐かしく恥ずかしく…でも今の方がやっぱりいい時間だな。たぶん今の方が健康でもあるな。
9月7日
事実を徹底的に突き詰めないうちに解釈って奴がやってきて望まない感情まで参加して早々に判断を迫ってくる。この解釈って奴はからだのカスに似てる。習慣 が作った思考のカス。徹底的にストレッチして分解して溶解して排出してやる。解釈なしに事実をまま見る。ここからだ、ここからが本番…新世界だ!
私のウエストサイズは91cm、一年前から7kg減量しても変わらず。ユニクロでは91cmが最大かと思いきや95cmがあった。因みにカーゴのLは92cmまで。すなわち私はLLではないのだ。
何が言いたいかというと、私は人によく大きいと言われ自分でも納得していたが、私は自分が思っている程は実際は大きくない。自分のサイズへの思い込みが私のからだの動きを鈍らせている。
かといって私は小さいわけでも細くも太くも高くも低くもない。ただ実際の私であればいい。私の全体がそのままいつもあればいい。
「あなたがどうしてもやりたいっていうなら…」「…正直言うとやりたいって気持ちじゃない。でもやらないと次に進めない、死ぬとき後悔する気がする」何かをするのにこういう類いの動機があることを思い出した。
過去に幾つかそういう類いのことしたっけ。友がしていたのも思い出す。大抵は陽の目をみない、苦しい修行になる…。だって当然、世のため人のためじゃない、自分の為にやることだもん。でも今があるのは、生きていられるのは、まさにその修行のお陰だとも思える。
9月9日
オープニング曲、後半盛上がるとこ。オクターブ上のメロ組の俺。歌練でいけてたのに振り付きだと声がのびない!?あれっ!?そんなに息があがる難しいダンスじゃないのに…ちょっと自主練…。
息が足りない…ってことは例の胸郭の向き?おお!やってるやってる。胸を突きだし右肩を引く癖。俺の深い深い無意識の習慣…。ダンス入るともう一段注意をしないとね。っつうか踊りながら歌うのってユースの練習にチョー有効だと思う。何より楽しいしな。
いろいろ探究する過程で、こちらは本気なのだか他人から見るととんでもないことをやらかし心底驚かしたり心配をかけてしまったりする。その驚かれ方にこち らが驚き自分の無能を一時嘆くが、仕方ない…私はそうやって学習していくしかないのだ。先生ごめんなさい!頑張れオイラ!
今日の稽古の結果…望ましくない結果を見て、いわゆる欠点はわかっている。ただそれをやめればいいってだけでは芸がない。積極的で創造的な前進のためのアイデア…ひとつじゃ足りない、三つは用意して一人稽古する。
そもそもそこに明確な意図があるならば、その行動が対象がハッキリしてる他動詞で言い表せるモノならば、ぶっちゃけ本当に何かをしたくてそこにいるのならば…後ろ足のかかとに重心が乗ったまんま…なんてことがあり得るだろうか?
9月10日
妻が美容院行くため今日はオイラがせがれと親子スイミング。水の中でぶるんぶるん振り回してたら疲れたのか、帰ってすぐに昼寝した。ラッキー!妻はいない、せがれは寝てる。久しぶりに我が家でひとり静かに新聞が読める。
今回のアップデートはかなり大仕事だなと改めて思う。いろいろとこれまでになかったミスやストレス、緊張も生まれる。でもそこでびびって過去の習慣に戻るまい!いい訓練だ。そんななか今日持ち込んだアイデアは結構使える気がする。名前は…付けられない。
9月11日
アフリカンダンス初体験!第一人者柳田先生直々のレッスン。最初ウォーミングアップと丁寧な解説のあと、生の太鼓でシンプルな振りをこれでもかと踊りまくる。不思議と疲れるとかはなかった。でも何だか肚の奥の方で眠ってたものが目覚めだしちゃった感じ…(^.^)
9月12日
一日に何度となくせがれが絵本を持ってくる。「読んでくれ」のサイン。何があってもすぐに読んであげてと妻の指導あり。見たら「おつきさまこんばんは」林明子作。今日を知ってかと思わず笑った。読んだら地味だけど好い本。聞けばロングセラーとか。
9月13日
アレクサンダー学びはじめて一年半?…あたま、あたまといつも言ってるけど、ここに来てあたまって奴をこれまでよりもっとクリアに分解しないと前にいけない感じがする。で、やっぱりそれには発声…っうか歌うのが、楽しみながらやれるからいいのかも。…他にもあるかな?
アフリカンダンスを一緒に踊ったアレクサンダーの先生が「カズさん鳥が降りてきたみたいに踊ってたよ」って言ってくれた。腕が長く使えるようになってきたってことかな。ヴィヴィアンと「今度会うときにはロングアームになってるね」って約束したこと思い出した。
9月15日
朝食はトーストに久しぶりのピーナッツクリーム。食べてて気づいた。歯の右側で噛むことがほとんどだった私が、意識的でなく、無意識に左側でもぐもぐしている!自前ストレッチでの捻れ調整の効果がここにも出てきてるんだと思う。無意識でってとこが嬉しい。
隔週図書館で十冊程絵本を借りる。倅が食いつくのはせいぜい二三冊。で、今回もまたあった林明子作。何がそんなにいいんだろう?倅は答えない…。妻がいく つか説明してくれたけど納得したようなしないような。子どもの心を忘れた大人。ひたすら声に出して丁寧に読み聞かせる…きゅっきゅっきゅっ…。
自分にとって実はとても大切なことなのにそれを他人に話す時ちょっと卑下して茶化すように話してる自分に気づく。照れ隠しか?分かってもらえないかも…の 恐れか?いずれにしてもこれはイカン!それを話す度に自分で自分を傷つけることになる。俺の場合、自分へのリスペクトを失うと何一つ前進しない。
9月16日
歌でも芝居のときのように直前にプランを窓の外に投げ捨て、今の瞬間に生きるってことが出来ないものかな~♪音楽的な知識も技術も少ない自分には、誠実にリズムとメロディを奏でながらも、一つ一つ明確な行動をしていくしかないのだから。練習、練習、練習!
今日稽古場で、僕がステップスで一番「天然でオモシロイ」と思う女優さんから、「クラモチさんて、本当に生き物としてオモシロイですね~」って言われました。…光栄です!?┐('~`;)┌。加えて「奥さん大変でしょう!?」…知るかぁ~!!(;_;)/~~~
9月19日
声が売りの役者だけど実はマイク乗りの悪さが弱点。一人せっせと頭骨を探究していたら先日紀美子先生にシンプルかつ大胆なマッピング法を教わった。あら⁈ 出る出る!頬骨に自分の声が響いてる。加えて俺があまり使ってなかったらしい顔の筋肉も発見。本番迄十日切った。目指せマイク乗りのいい奴!
なれるものならなりたいもの。医者、歌手、ピアニスト、サーファー、校長先生、トリリンガル、ちょい悪オヤジ…ちょっと待てよ…どれも実現可能なモノばかりじゃないか⁉*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
どこから見ても、どこを切ってもワタシだ!と思えるところまでいかないとダメは出続けるだろう。しかしとてつもなく新しいことをしているんだ。アップデートが一段落しないうちはダメこそワタシを導く指針と喜んで受け止めたい。
9月20日
昨日はアトリエSYMBIONサードシーズンの初日でもあった。二月ぶりの先生。「あなたは今どこにいて何を見てるの?」っていう問いと、僕が〈役者のオ タク性〉と呼んでいるものが同じ要点を示していることに気づいた。オタク性が消えてワタシになりえた人のbeingは圧倒的だ。
友達がリツイートしてくれて知ったミハイル・エンデのボット…ちょー面白い。以前地域通貨に関心があったころ少し触れたけど、今また違う印象…強くインパクトを受ける。面白い。この秋の読書はエンデか!?
初の通し稽古。気負いなく取組め、楽器の状態もすこぶる良かった。プロデューサーさんもにこやかなご様子(^^;…やっとライム大佐を生きられるところまで自分を拓くことが出来た気がする。さて、やっとこさここから本格的な創作作業が始まるんだ。
昨日までのもがきを経て、今朝目覚めたときに右肩が望むところに収まってくれていたことが大きな要因だと思う。細部に意識が行かなくなったお陰で、全体の協調作用のなかに身を預けることができたってこと?…。一人で歌うところが初めて怖くなかったんだ!
9月21日
自分は不完全だと思っている人が自分より優れていると思う人に問う。問われた人はそれが嬉しくて自分の経験から得た技術を渡そうとする。でもそのことばの やり取り自体にはレッスンの価値は余りない。共にいる…そっちのほうにどれだけのやり取りがあることか。どれだけの学びが「双方」にあることか!
自分は足りてない、力がない、人より劣っている…ところがある。そう信じている人の何と多いことだろう。かくいう私も、自分は努力が足りない…怠けているという強い信じ込みが周期的に訪れる。事実か?否!じゃあ無用か?…うむ、そうでもないような気もする。
本日は上肢帯のお勉強。右腕はまた新しく、だけじゃなく右目やら右頬やら腹の奥のほうまで一日中ずっとすごい更新作業が続いている。左腕に関してはレッス ン後にマッサージ師の友達にしてもらった施術でこれまた凄いことに。これはとてもことばにできない。とにかく今しばらくはこれを味わっていたい。
9月22日
「神話は、なにがあなたを幸福にするかは語ってくれません。しかし、あなたが自分の幸福を追求したときにどんなことが起こるか、どんな障害にぶつかるか、は語ります。」ジョセフ・キャンベル
9月23日
昨日だけど、根岸にある日舞のお師匠さん家の近所で鷹匠とすれ違った。剥製?と目を見たら、手甲に乗った鷹がきっと俺を目で射た!さすがにびびった。ひととき、頭と脊椎の関係どころじゃなくなった。
今日は家族組の抜き稽古。明日最後の通し稽古をしてあとは浜松に。横山先生の要求も細部に渡り一段と高まる。「格好イイ倉持でいて欲しいんだよ」こういう ことを言ってくれる人はなかなかいない。嬉しく思いながら、「ちょっと気を抜くと豊登になっちゃうからな」…とよのぼり…ってキッツイなぁwww
9月24日
「クラちゃん、俺今度こそタバコやめたよ」身近なとある先輩が言った。「マジっすか⁈すげー、ついに本気出すんっすね!」思わず口走った。失礼じゃないよね?
その方だけじゃない、オジサンになってくると残りの人生(の時間)が見えてくる。長生きしたいとかじゃないくて、生きてるうちにやっておきたいことをやるためにそれを阻む気のあるものを遠ざけるのはごく当たり前のこと。守りから断つことでなく、本気で望みに向かいだしてる人私の近くに少なくない。
ウォーミングアップとか準備体操とかいうものに否定的な考えを持っていた私だが今日その考えを少し変えたくなった。ただその意図がまだ整理がつかない。ゆえに違う名前をつけたいがつけられない。浜松の三週間で探ってみよう。楽しみがまたひとつ増えた。
「変わりたいと、強く望め。それ以外は、いらない。」HAL東京の学生募集コピー。これいいなあ。俺好き。
9月25日
今日は町屋で「親子リズム」。名前とはかけ離れて、かなりの肉体疲労。ミュージカルの通し稽古より疲れた。子どもの抱き上げ方でアドバイスをもらう、それが自分自身の(子どもだけじゃなく)他者との関わり方に深い気づきを得た。変えていこうと決めた。
明日は日舞のお稽古とシンビアンでの終日レッスン。帰り遅いし火曜日は浜松への出発が早いから、今夜中に荷造りをした。それにしても俺は荷造りが下手だ。旅慣れた役者とは到底思えない。ましてやボーイスカウトの風上にもおけない(~_~;)
9月26日
一分間勉強法とかフォトリーディングとかいうのは、僕がメガネをかけなくてもだいたいは見えるようになってきた(視力が回復したわけではない)過程と、脳 の回路的には同じ理屈なんじゃないだろうか。見るとか読むとかいうことへの自分の信念を変えちゃえばいいのでしょ⁈面白いからもっと練習しよう。
たったいま金町駅で自販機の入れ替えしてたズボンずりさげ系のお兄ちゃん。凄くいい動きしてた。どんな動きしてても脊椎が伸びやかで、肩は抜けてて腕長 く、上下の動きは頭高いまま下半身の三関節で滑らか。極めつけが全ての動きがスピーディー。思わず見とれた。いるものだ街中の達人。
グレン・パーク「変容の術」にあった、前のチャックを閉めるっていうのはこういうことか!…な?…。同じことかは判らんが、少なくとも〈これ〉は俺には有用だ。成る程こうやって身を護れば幾らでも前進可能な感じがするなあ。
9月27日
同じ俳優を生きていても求めているものは各々違うのです。自分と同じ動機でない俳優を前に面喰らうことも過去にはありました。今はその違いも受容できます。それはたぶん自分の求めるもの、私は何者なのかが解ってくるのと並行しているような気がします。
その動機は、端的に言えば生きる技の探求とその分かち合いです。探求においては宗教か芸術がやはり良いのでしょう。分かち合いには教育も良い分野です。禅、演劇、アレクサンダーテクニーク…自然に没頭したものだけどどうやらつじつまはあっているみたいです。
自分を動かすものの焦点がはっきりしてしまえば、もう分野やスタイルにこだわる必要はありません。手近なところからどんどん自分の務めをするだけです。
そうこうしているうちに浜松に入りました。今週の劇場は浜北文化会館です。
意図を持たなければ、ただの風任せだ。意図を持てば抵抗にぶつかる。そうすれば本当に価値のある情報を得られる。あらゆる意図に間違いはない、意図があるってことが大切なんだ。
9月28日
昨日は移動だけで、今日場当たりとゲネプロ。少し疲れたなぁ。ウォーミングアップの重要性をまたリアルに感じた一日。私にとってウォーミングアップとは長さと大きさを取り戻し、意図の焦点を絞り合わせることなり…今日のリアリティー。
9月29日
初日が開きました。浜北高校と浜松東高校のみなさんありが とうございました。そしてやっと浜松でFONの使えるところへ行けました。やっぱり基本ホテルで無料無線LANは必須です〜。とにかくSoftBank ショップを探せばいろいろ教えてくれました。これからスタバでゆっくりします。
脊椎の長さを取り戻し意図の焦点を合わせるという準備はとても有効でした。その上で特に胸椎が私の場合は取り戻し辛いことと、私には軽い自己陶酔癖があってそれが意図…って言うか自らのビーイングをぼやけさせていることがわかりました。
胸椎は特に五番あたりでしょうか。そういえば五年ほど前にアテローム(粉瘤)ができたのがその辺です。やっぱりその辺の流れが悪く、いろいろ溜まっちゃうんでしょう。ただそこだけに焦点を当てるのはまた違うんですよねえ。
自己陶酔は「今」にしてる分はちょっとはいいけど過去や未来に行っちゃうと存在が弛み行動…演技どころじゃなくなる。勿論舞台上は無いけど、袖の場合は暗 いしマジで色んな気が舞ってて思わず取り憑かれる時がある。ちゃんとチャックを閉めたいけど…肉体的に疲れてるとなかなか閉めらんない。。。
明日も五時半に起きて、九時半には開演です…はい、九時半です。正午に終演し、一時半に二回目の開演です。東京は寒いらしいですね。浜松は今日は暑いくらいでした。では、夕飯食べてホテルに帰ってシャワー浴びて本読んで寝ます。
9月30日
「折れた心を体で支えていたという特殊な現象があった。」やっぱイチローは面白いことを言う。
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