Who is KAZU?
- KazuhiroKuramochi
- ボイススタイリスト 。通称・うごき先生&ムッシュ倉持。アレクサンダーテクニーク教師。俳優として美輪明宏演出舞台に18年レギュラー出演。日本アレクサンダーテクニーク協会会員。ボディシンキング&シンキングボディ認定講師。中高国語教師資格所持。早稲田大学文学部日本文学科卒業。妻、長男と埼玉県越谷市在住。身長180cm、体重83kg。趣味は日本舞踊、太極拳、ジャグリング
2011年5月4日水曜日
2011年5月1日日曜日
今、自分が意識的に選びたいこと
何かを学ぶ時や
人の話を聞いたり
何かを見たりしたとき
そして、実は演技の最中(相手役の台詞を聞いてる時)もそうなんだけれど
僕らは自然と
これまでの自分の経験や知識と照らし合わせて
その回路の中で
その情報を理解しようとする。
ある意味これは大切な
優れた能力なのかもしれないけど
最近僕は
この作業をできるだけしないで
人の話を聞いたり(相手役の台詞を聞いたり)
モノを見たりしたい(状況を受けとめたりしたい)
と思う。
人と話をしていてよく感じるのは
自分も相手も
その話の内容を
自らにとって都合の良いように
自らの理解できる範囲で
解釈してしまっていることだ。
「今はこの人には僕の言いたいことが伝わってないな」
ってことが会話の中でわかることがある。
同じように
僕もこの人の話を本当に丸ごと聞いているだろうか?
そう疑問に思うときが多々ある。
そんなことに気付いた時にふと考えた。
「わかる」ってどういうことだろう?
そもそもその場で「わかる」必要があるのだろうか?
すぐにわからないといけないの?
すぐに理解しようとすることは
実はそれを丸ごと受けとらずにいることなんじゃない?
(演技に関して言えば、わからないとできないの?)
自分が好きなものだけ食べてるのと同じで
丸ごと食べてから要らんものは排出するのとは
まったく異なる行為だと思う。
そういうわけで
今、自分が意識的に選びたいことは
理解しようとすることをまずやめて
自分の全体で今ここに居つづける
特に考えを持って今ここでの出来事に
解釈や判断を下しさない
ましてやそれで固めない
からだを変な風に使って流れを滞らせない
全身全霊で今ここに居つづける
ってこと。
今ここに居つづける
っていうのは
今ここに自分が属するんじゃなくて
今ここを自分のなかに統合するほうのやつ
これは全然違うから要注意。
ちょー自分のサイズを大きくして
この目前の出来事を丸ごと受けとめる
ってこと。
ん〜、ぶっちゃけ「生きる」ってこれだけでいいんじゃない?
大丈夫
消化不良起こしたら吐き出せばいい
自分のなかに入ったって要らんものは時期に排出される
難しいのは
無意識の習慣的反応を抑制することだ
これをしちゃうと丸ごと受けとれなくなる
まあ注意をすることだ
注意をしても簡単にはいかない
でも、とにかく練習することだ
人の話を聞いたり
何かを見たりしたとき
そして、実は演技の最中(相手役の台詞を聞いてる時)もそうなんだけれど
僕らは自然と
これまでの自分の経験や知識と照らし合わせて
その回路の中で
その情報を理解しようとする。
ある意味これは大切な
優れた能力なのかもしれないけど
最近僕は
この作業をできるだけしないで
人の話を聞いたり(相手役の台詞を聞いたり)
モノを見たりしたい(状況を受けとめたりしたい)
と思う。
人と話をしていてよく感じるのは
自分も相手も
その話の内容を
自らにとって都合の良いように
自らの理解できる範囲で
解釈してしまっていることだ。
「今はこの人には僕の言いたいことが伝わってないな」
ってことが会話の中でわかることがある。
同じように
僕もこの人の話を本当に丸ごと聞いているだろうか?
そう疑問に思うときが多々ある。
そんなことに気付いた時にふと考えた。
「わかる」ってどういうことだろう?
そもそもその場で「わかる」必要があるのだろうか?
すぐにわからないといけないの?
すぐに理解しようとすることは
実はそれを丸ごと受けとらずにいることなんじゃない?
(演技に関して言えば、わからないとできないの?)
自分が好きなものだけ食べてるのと同じで
丸ごと食べてから要らんものは排出するのとは
まったく異なる行為だと思う。
そういうわけで
今、自分が意識的に選びたいことは
理解しようとすることをまずやめて
自分の全体で今ここに居つづける
特に考えを持って今ここでの出来事に
解釈や判断を下しさない
ましてやそれで固めない
からだを変な風に使って流れを滞らせない
全身全霊で今ここに居つづける
ってこと。
今ここに居つづける
っていうのは
今ここに自分が属するんじゃなくて
今ここを自分のなかに統合するほうのやつ
これは全然違うから要注意。
ちょー自分のサイズを大きくして
この目前の出来事を丸ごと受けとめる
ってこと。
ん〜、ぶっちゃけ「生きる」ってこれだけでいいんじゃない?
大丈夫
消化不良起こしたら吐き出せばいい
自分のなかに入ったって要らんものは時期に排出される
難しいのは
無意識の習慣的反応を抑制することだ
これをしちゃうと丸ごと受けとれなくなる
まあ注意をすることだ
注意をしても簡単にはいかない
でも、とにかく練習することだ
2011年4月30日土曜日
おもう
「芝居におもいなんか要らねぇんだよ!
おもいを込めるなんてのは早い話が独りよがりだっ。
役者はおもうってことをするんだ」
「その、おもうのとおもいを込めるってのは違うんすか?」
「全然違うよ。お前、違いわかんねぇ?」
「いや、わかんないことないすけど…。確かにおもいは重たくなるかなぁ~」
「そんな言葉遊びじゃなくてよ。
ただおもうんだよ
おもいを込めるんじゃなくておもうの!
何をおもうかはなんだっていいんだけどよ
っつうか選べるんだけどよ!
とにかく…おもうんだよ」
「でも思ってるだけじゃ動けないじゃないですか」
「そうかなあ」
「そうでしょ」
「たぶんねえ〜それはね〜
・・・本当におもってるとはいえないのだよ。
本当におもったら・・・人は自然に動くのだよ」
「その、自然に・・・てのが一番難しいんですけど」
「ほらほら、それ!君は今、君が自分を自然に動かす、って考えただろ?」
「えっ!?あっ!」
「なっ!することは自然に自分を動かすことではなく・・・」
「本当に、何かをおもうこと!」
「それがわかればたいしたものよ。は〜いよく勉強したね。今日はここまで!」
「ありやとーざぁしたーm(_ _)m」
おもいを込めるなんてのは早い話が独りよがりだっ。
役者はおもうってことをするんだ」
「その、おもうのとおもいを込めるってのは違うんすか?」
「全然違うよ。お前、違いわかんねぇ?」
「いや、わかんないことないすけど…。確かにおもいは重たくなるかなぁ~」
「そんな言葉遊びじゃなくてよ。
ただおもうんだよ
おもいを込めるんじゃなくておもうの!
何をおもうかはなんだっていいんだけどよ
っつうか選べるんだけどよ!
とにかく…おもうんだよ」
「でも思ってるだけじゃ動けないじゃないですか」
「そうかなあ」
「そうでしょ」
「たぶんねえ〜それはね〜
・・・本当におもってるとはいえないのだよ。
本当におもったら・・・人は自然に動くのだよ」
「その、自然に・・・てのが一番難しいんですけど」
「ほらほら、それ!君は今、君が自分を自然に動かす、って考えただろ?」
「えっ!?あっ!」
「なっ!することは自然に自分を動かすことではなく・・・」
「本当に、何かをおもうこと!」
「それがわかればたいしたものよ。は〜いよく勉強したね。今日はここまで!」
「ありやとーざぁしたーm(_ _)m」
2011年4月28日木曜日
「俺もその道とおったよ」
別に俺が先に行ってるとか
上を行ってるとか
そういうんじゃなくて
でも、「俺もその道とおったよ」って思う時って
・・・すごく嬉しい
同じ風景を見てるうれしさ
同胞の感覚
でも、「こうしたらいいよ」って
そういうことは云えない
だって本当にそれがいいとは限らないから
だから
見てたら見てるだけ
・・・でも興味を持って見てる
そして、相談を受けたら
「俺もその道とおったよ」っていう
・・・たぶん嬉しそうな顔をして
そしてその後、たぶんやっぱり見てる
どうすんだろう?
どうやって通るんだろう?
どこへ行くんだろう?
・・・興味津々
だって
その道を
また
俺がとおるかもしれないから
イヒヒヒヒ
上を行ってるとか
そういうんじゃなくて
でも、「俺もその道とおったよ」って思う時って
・・・すごく嬉しい
同じ風景を見てるうれしさ
同胞の感覚
でも、「こうしたらいいよ」って
そういうことは云えない
だって本当にそれがいいとは限らないから
だから
見てたら見てるだけ
・・・でも興味を持って見てる
そして、相談を受けたら
「俺もその道とおったよ」っていう
・・・たぶん嬉しそうな顔をして
そしてその後、たぶんやっぱり見てる
どうすんだろう?
どうやって通るんだろう?
どこへ行くんだろう?
・・・興味津々
だって
その道を
また
俺がとおるかもしれないから
イヒヒヒヒ
2011年4月24日日曜日
退屈は敵
役を入れたりはしないし
声を変えたりはしない
わたしがそこで然るべきのぞみを持てば役は入るし
わたしがそこにある流れに身を任せれば声は変わる
わたしも時おり口にしてしまっていたが
役を入れる…とか
声を変える…とか
そういうことばはあまり使いたくない
役が入る…とか
声が変わる…とか
そういうことばで話す場合と
世界の見方に大きな隔たりがある
これはもしかしたら
わたしの状況対応型的な性質から生まれる思考かもしれないけど
いずれにしても
役を入れる…とか
声を変える…とか
そういう考え方をしていっても
わたしの創造性はどんどん失われていくだけだ
わたしは発見がしたいのだ
わたしは驚きたいのだ
わたしは変容していきたいのだ
望み通りに
思い通りに
イメージ通りに
ものごとが進むほど
わたしにとって退屈なことはない
そして退屈は最大の敵なのである
声を変えたりはしない
わたしがそこで然るべきのぞみを持てば役は入るし
わたしがそこにある流れに身を任せれば声は変わる
わたしも時おり口にしてしまっていたが
役を入れる…とか
声を変える…とか
そういうことばはあまり使いたくない
役が入る…とか
声が変わる…とか
そういうことばで話す場合と
世界の見方に大きな隔たりがある
これはもしかしたら
わたしの状況対応型的な性質から生まれる思考かもしれないけど
いずれにしても
役を入れる…とか
声を変える…とか
そういう考え方をしていっても
わたしの創造性はどんどん失われていくだけだ
わたしは発見がしたいのだ
わたしは驚きたいのだ
わたしは変容していきたいのだ
望み通りに
思い通りに
イメージ通りに
ものごとが進むほど
わたしにとって退屈なことはない
そして退屈は最大の敵なのである
2011年4月23日土曜日
成功の秘訣
成功の秘訣は
これだ!
わかった!
と一筋の光が見えた時に
そこに留まらないことだ
それで固めようとしないことだ
誤解を恐れずに云えば
疑い続けることだ
まだ先があるんじゃないか
もっとよいところがあるんじゃないか
と欲し続けることだ
たしかにひとつのステージを越えたときは
とてもうれしい
思わずそこに酔いたくなる
それに執着しはじめる
でもそれはいけない
存分に味わうのはいい
でも酔っちゃいけない
ひととき祝うのはいい
でも手放さなければならない
泣くなら泣いてでも
さよならしなくては次はない
どころか
そこにいたらあっという間に
錆びる
腐る
前に進めばすぐにわかる
あの程度で喜んでいたんだと
あそこで止まっていたらと思うとゾッとする
成功の秘訣は疑うことだ
欲深いことだ
別れを惜しまないことだ
前に進むことだ
これだ!
わかった!
と一筋の光が見えた時に
そこに留まらないことだ
それで固めようとしないことだ
誤解を恐れずに云えば
疑い続けることだ
まだ先があるんじゃないか
もっとよいところがあるんじゃないか
と欲し続けることだ
たしかにひとつのステージを越えたときは
とてもうれしい
思わずそこに酔いたくなる
それに執着しはじめる
でもそれはいけない
存分に味わうのはいい
でも酔っちゃいけない
ひととき祝うのはいい
でも手放さなければならない
泣くなら泣いてでも
さよならしなくては次はない
どころか
そこにいたらあっという間に
錆びる
腐る
前に進めばすぐにわかる
あの程度で喜んでいたんだと
あそこで止まっていたらと思うとゾッとする
成功の秘訣は疑うことだ
欲深いことだ
別れを惜しまないことだ
前に進むことだ
2011年4月22日金曜日
「いずれまた」
「いずれまた」それも「近いうちに」やるつもりだったことがある
過去にやってて、楽しかったし、たくさん学べたこと
でも、今はやっていないこと
ちょっとしたことでやめてしまっていたこと
これまでも数回、ふっと
「また、やるか!?」って思っていたが
その時ほかに一生懸命やっていたことがあって
(・・・それは今も続いている)
それに「一段落けりをつけたら」って自分で思っていた
それをまたやらない理由は見事に整っていた
でも、再開する目処は立っていなかった
するとなんと
先日わたしの舞台を初めて観てくれた人からそれを勧められた
唯我独尊のわたしがふっとその勧めに揺れた
今やらない理由は見事に整っていた・・・はず
たぶんわたしに潜在する内なる声を代わりに聞いて伝えてくれたんだろう
↑・・・この考え方が唯我独尊(笑)
う〜ん
ボディとマインドまでは何とかなっても
ソウルは他人様のおちからを借りないと読めねえなあ
「一段落けりをつけた」かったことに、けりがついたのか
いや、たぶん「あれをまた」やることが
今一生懸命やっていることをより進展させていくのだろうか
っつうか、そういうことごちゃごちゃ言わないで
いいからさっさとやれってことだわな
だってやりたがってるんだから・・・このわたしが
で、あらためてよく考えてみると
「いずれまた」どころか
早急に取り組まなければならない理由が
次から次へと出てきた
あげくに「けりをつけたい」などと思っていたことが
すでに目標を達成していることにも気づいた
すみません・・・楽してました m(_ _)m
過去にやってて、楽しかったし、たくさん学べたこと
でも、今はやっていないこと
ちょっとしたことでやめてしまっていたこと
これまでも数回、ふっと
「また、やるか!?」って思っていたが
その時ほかに一生懸命やっていたことがあって
(・・・それは今も続いている)
それに「一段落けりをつけたら」って自分で思っていた
それをまたやらない理由は見事に整っていた
でも、再開する目処は立っていなかった
するとなんと
先日わたしの舞台を初めて観てくれた人からそれを勧められた
唯我独尊のわたしがふっとその勧めに揺れた
今やらない理由は見事に整っていた・・・はず
たぶんわたしに潜在する内なる声を代わりに聞いて伝えてくれたんだろう
↑・・・この考え方が唯我独尊(笑)
う〜ん
ボディとマインドまでは何とかなっても
ソウルは他人様のおちからを借りないと読めねえなあ
「一段落けりをつけた」かったことに、けりがついたのか
いや、たぶん「あれをまた」やることが
今一生懸命やっていることをより進展させていくのだろうか
っつうか、そういうことごちゃごちゃ言わないで
いいからさっさとやれってことだわな
だってやりたがってるんだから・・・このわたしが
で、あらためてよく考えてみると
「いずれまた」どころか
早急に取り組まなければならない理由が
次から次へと出てきた
あげくに「けりをつけたい」などと思っていたことが
すでに目標を達成していることにも気づいた
すみません・・・楽してました m(_ _)m
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